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連載昭和事件史

変態行為の口止め?妖艶なダンサーとの恋のため? 白面の貴公子と呼ばれた男はなぜ老女と弟を殺したのか

「白面の殺人鬼」の論理 #2

2020/05/10

「性行動をすると狂暴性が現れて……」

 そして、東朝が水谷はる殺しの主要な動機として報じたのが5月1日付朝刊の記事。「変態富士郎の 逢ひ(い)引き場所 多数の女性に残虐 老婆が殺された別の原因」というすごい見出しだった。

「原因ははじめ金に窮した結果ということになっていたが、事実は、彼をめぐる数名の女性とあいびきするために水谷の家をその隠れ家としたらしく、彼はその家でそれらの女性に対し変態的な性行動をあえてしていた形跡があり、その場合、極度に興奮すると狂暴性が現れ、無意識に犯罪的行動をしたこともあり、それらの事実を老婆はるに握られていたので、これを覆うべく殺害したのではないかと推定せらる事実を握り得たという」

 回りくどい表現で、あとは想像するしかない。この点について「警視庁史昭和前編」も「彼(富士郎)はいつか女給を誘って郊外を散策した際、上北沢の水谷の家で雨宿りしたのが縁となって、以来しばしば女を連れて水谷の一室を借り、数時間を過ごした」と、基本的な事実関係を認めている。

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「田舎からの送金をめぐって」富士郎は電気コードを首に巻いて

 5月4日付東朝朝刊は水谷はる殺しの詳細を伝えている。1928年6月13日午後、富士郎は省次郎とともに水谷方を訪れ、疑うはるに「私の弟です」と言って安心させ、はるが省次郎と話をしているすきに後ろに回って殺害したという。ただ、東朝は凶器を持参した針金と報じたが、同じ日付の読売は、省次郎殺しと同様、「玄翁で後頭部に一撃を加え、昏倒するのを見て、さらに二十一番の電線コードで首を絞め」と書いている。「警視庁史昭和前編」は「富士郎が急に飛びかかって水谷の首を絞めつけると、老婆は造作なく気を失ってしまった。さらに富士郎は電気コードを首に巻いて締めつけ」と記述。動機についてもこう書いている。

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「兄弟3人の遊学費は毎月100円(2017年換算約19万3000円)送金され、そのほかに臨時の出費はその都度送金されていたが、富士郎と省次郎の二人はカフエーや喫茶店遊びにふけり、特にやせ型の美男子で美術学校生というふれ出しの富士郎は女給たちからもてはやされ、いつも2、3人の女給と関係を持って浪費したため、生活費が足りなくなり、田舎からの送金をめぐって、省次郎と富士郎の口論が絶えなかった」「ついに富士郎は悪心を起こし、省次郎を誘って強盗をやることになった」

 東朝が報じた「変態行為の口止め」説は全く登場しない。送金額については月160円(同約30万9000円)とした新聞や資料もあるが、東京での若者3人暮らしに十分だったのだろうか。