1953年作品(97分)/角川書店/2800円(税別)/レンタルあり

 先日、拙著の最新刊『時代劇ベスト100+50』が発売された。これは、以前に出した時代劇ガイド本の新書『ベスト100』に新たに五十作を加えて文庫化したもので、より幅広い作品について紹介できているのではと思う。

 以前の新書版では、アクションやバイオレンス、エロスや残虐といった当時の筆者の趣味が丸出しのラインナップが中心になっており、ガイド本としてはバランスが悪かった。文庫版は、その反省と、時間を経て筆者自身の趣向の幅が広がったのもあり、新書版からは弾かれがちだった格調の高かったり、人情味が豊かだったり――というアクション色の薄い文芸的な時代劇も多く紹介している。

 今回取り上げる『雨月物語』も、そんな一本である。

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 巨匠・溝口健二監督が撮り、ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞した、古典的名作。そう書くと、さぞや格調高い、高尚な作品に違いないと身構えてしまう人もいるかもしれない。恥ずかしながら筆者自身も、かつてはそうだった。

 が、改めて観直してみると、これが実に面白い。

 時は織田信長の後継者を巡る羽柴秀吉と柴田勝家との決戦が近づく戦国時代末期。北近江の村に暮らす貧しい農民の源十郎(森雅之)とその義弟・藤兵衛(小沢栄太郎)は秀吉の城下町として賑わう長浜へ向かう。源十郎は陶器を売って金を稼ぐため、藤兵衛は武士として出世するため。だが、そのことが彼らとその家族の運命を狂わせていく。

 源十郎の陶器はよく売れた。そのため、一心不乱に陶器を作り続ける。具足を買えなかったために仕官が叶わなかった藤兵衛も、それを手伝った。義兄弟は、望んでいたものを手にする。源十郎は元豪族の姫・若狭(京マチ子)に気に入られ、優雅な暮らしを送る。藤兵衛も合戦で手柄を立て、秀吉の部将に取り立てられる。

 だがその一方で、大事なものを失っていた。それは、家族だ。金を稼ぐことよりも平穏な日々を望んだ源十郎の妻・宮木(田中絹代)も、藤兵衛のために尽くした阿浜(水戸光子)も、それぞれに邁進する夫たちに置き去りにされ、どちらも悲劇的な命運をたどることになる。

 描かれるのは、いつの時代も変わらない「人間の業」。だからといって、決して訓話的な説教じみた作品でも、堂々たる格調の作品でもない。

 戦国時代という時代設定の妙と、圧倒的な幽玄さを見せる京マチ子の恐怖感すら覚えさせる美しさもあいまって、重々しい気分にならずに、楽しみながら接せられる。

 なので、未見の方は気軽に触れてみてほしい。小難しい映画では決してないので。

時代劇ベスト100+50 (知恵の森文庫)

春日 太一

光文社

2020年6月10日 発売