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2020/06/29

 1997年7月19日、私は韓国への入国が禁止されました。 

 理由は私が観光ビザで「資格外活動」を行っているということでした。裁判のための打ち合わせや、元慰安婦の方に会うことが資格外活動にあたるというのです。 

 それを言うなら挺対協も訪日しては各種団体のイベントに出たり、シンポジウムを開いています。同じことをしているのに「なぜ私だけ入国禁止なの?」という疑問が繰り返し頭の中に浮かんできました。 

 私の入国禁止を知り元慰安婦の金田きみ子さんは「臼杵が来れないなら、私が日本に行く」と言ってくれました。他の元慰安婦の方も、ソウル駅前で入国禁止反対デモをしてくれたそうです。 

慰安婦時代の金田きみ子さん。写真館で貸衣装を着て撮影した写真 ©︎勝山泰佑

 私の入国禁止について外交的に異議申し立てをしてもらうよう陳情を行ったり、裁判に訴える方法もあったと思います。しかし、いま優先するべき問題は遺族会の東京裁判支援であり、慰安婦問題です。別のトラブルに大きなエネルギーを割くことは止めようと思い、私は“忍”の一字で耐えることにしたのです。 

報道でわかった挺対協の謀略

 後に入国禁止は挺対協等による謀略だということが判りました。 

 同年、7月24日付の聯合通信(現・聯合ニュース)はこう報じました。 

〈挺対協関係者は『臼杵氏が観光ビザを取った後、慰安婦被害者に国民募金を受け取るよう説得した事実が明らかになり政府当局に入国禁止を要請した』旨明らかにした〉 

 尹貞玉氏は「組織としてそんなことは決してない」と、こうした報道を公に否定しました。しかし、この言葉もウソなのです。97年秋に、私は韓国大使館の法務担当官からもこう説明を受けました。 

「臼杵さんの入国禁止は挺対協から要請を受けました。彼女らは『臼杵はアジア女性基金の金を受け取れと元慰安婦に言って回っている。そうした行為は問題だから入国禁止にすべきだ』と挺対協は言ってました」 

 初めて韓国政府サイドから具体的な理由を聞いた私はその理不尽さに震える思いでした。 

臼杵敬子氏(中央)と元慰安婦(右)、遺族(臼杵敬子氏提供)

 私はアジア女性基金理事長の原文兵衛氏の要請を受けて、元慰安婦を紹介するなどの協力を無償で行いました。女性基金は挺対協の電話番号しか知らない。元慰安婦への人脈がないから助けてくれということだったので、私は「紹介するだけで、中身にタッチしない」という約束事を決め協力しました。 

 だから「お金を受け取れ」なんて言うはずもありません。お金を受け取るのかどうかを決めるのは、あくまで実被害者である元慰安婦の意思が大事だからです。完全に挺対協によるでっち上げの嫌疑なのです。