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人工子宮での妊娠、出産はすでに起こっている……遺伝工学研究者が「大学は役に立たない」に反論する理由

最新の科学技術研究は、最高のエンターテイメントだ

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コールドスリープはどうだ?

 人工子宮の他に、SF作品によく出てくる未来のテクノロジーといえば、宇宙探索時の液体窒素を使った長期人体保存技術「コールドスリープ」ではないだろうか。

 ごく最近、筑波大学医学医療系/国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)の髙橋・櫻井らと、理化学研究所生命機能科学研究センターの砂川らのグループは、体温と代謝を制御する新しい神経細胞群(Q神経)を発見し、それを人為的に興奮させることで通常冬眠しないマウスやラットを、冬眠によく似た低代謝状態(QIH)にすることができる「人工冬眠」についての研究成果を発表した(参考文献6)。

 この研究については、私の文章よりも筑波大学の日本語プレスリリースが充実していて、とても分かりやすいのでそちらを参考にして欲しい(参考文献7)。

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 彼らはそのプレスリリース記事のPDF版で、この人工冬眠を宇宙探索へ応用する図を記載している。もうここでSFファンなら興奮するのではないだろうか?

©iStock.com

 私は遺伝子工学の他に、受精卵や卵巣組織を液体窒素下で保存するという低温生物学(cryobiology)がもう一つの専門領域なのだが、細胞や組織を液体窒素下で保存しようとすると、細胞内あるいは細胞外に生じた氷により、細胞や組織が物理的に破壊される凍結傷害(cryoinjury)が発生する。これを防ぐために、ジメチルスルホキシドやエチレングリコールといった凍結保護物質を使うのだが、これらの物質は保存しようとする細胞や組織が大きくなればなるほど細胞のすみずみまで浸透しないため、現状では大きな組織や生体などの液体窒素下での保存は不可能である。

 一方で、髙橋らの示した人工冬眠による方法であれば、このような物理的な細胞傷害は起こりにくい。ひょっとしたら、本当に……と妄想するとワクワクが止まらない。私は常々「最新の科学技術研究は、それ自体が最高のエンターテイメント」と主張しているが、これらの研究はまさにそれであろう。

大学などの研究機関の研究に期待するものは25年後、50年後の未来

 最近、「大学の研究が役に立たない」や「大学の講義がつまらなくて眠たくなる」といった実業家による大学や研究機関に対する辛辣な意見をいくつか目にすることがあった。

 前の記事でも書いたように、私自身は民間企業で働いたり、短期間とはいえ自分の会社の経営を経験したりしたこともあるせいか、彼らの言っていることが100%間違っているようには思っていない。ただ、攻撃性の高い言葉を使って、多くの人の反感を買ってしまうのは、正直なところ上手な方法とは思えない。