昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

CDB

2020/08/30

自分を証明するジャイアントキリングのチャンス

 信長の妻、帰蝶には歴史的資料がほとんどない。どのような女性で何をなしたか、絶対権力者の最も近い場所にいた女性として何を考えていたのか、裏を返せばそれはそのまま作り手の帰蝶観、女性観が出るということでもある。

 沢尻エリカの代役として帰蝶役をNHKが探し始めた時、川口春奈はほとんど躊躇なくそれを受けた。沢尻エリカという名女優の代役にかかるプレッシャーは大きい。沢尻エリカには今も、彼女の復帰を待つ多くの映画ファン、ドラマファンがいる。世間の好感度にも、アイドル的な品行方正さにも頼ることなく、演技の実力で国を越えアジア広域にファンを持つ沢尻エリカは、ある意味ではこの国の芸能界で「天下布武」を成し遂げた女優、力で自由を勝ち取ったひとつの希望の形だった。

 不死鳥のように三たび蘇る沢尻エリカが見たい、彼女の代わりはどこにもいないと願う人々は今も多い。だがあえて言えば、川口春奈がずっと認められたいと願ってきたのは、まさにそうした人々なのではないか。

©getty

 映画『ロッキー』の中で、主人公のロッキーが試合の前の夜にエイドリアンに呟く有名なシーンがある。

「俺は今まで何者でもなかった。負けたって構わない。頭を叩き割られたっていい、でももし試合の最後まで立っていられたら、自分がただのゴロツキじゃないことを初めて自分に証明できる」

 たぶん川口春奈は、ロッキーが自分を証明するように、いつか自分がただの可愛い女の子ではないと証明できる瞬間を待ち続けてきたのだと思う。初主演のドラマを選んだ時も、19歳で難解な不条理演劇に挑んだ時も、いつも彼女は与えられる可愛らしい役ではなく、今の自分の器を超えるような役が欲しいともがき続けてきた。帰蝶役に迷わず手を挙げたのは、それがまさに沢尻エリカが演じるような役であり、偉大なチャンピオンへの挑戦権だったからではなかったか。

 まともに大河ドラマのオーディションを受ければ「彼女は若すぎる」「この役に川口春奈はミスキャストだよ」と言われるような帰蝶役への挑戦、それは川口春奈がずっと待ち続けた、自分を証明するジャイアントキリングのチャンスだったのだと思う。