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「結果に結びつかないこともあって…」『麒麟がくる』帰蝶役・川口春奈、苦悩の過去と“大事な人”

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2020/08/30
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大事な人とは誰のことなのか

 川口春奈が19歳だった2014年の舞台「生きてるものはいないのか」千穐楽10月29日の2日後、10月31日のブログは「大事な人に。」と題されている。

「大事な人へ お祈りを捧げてきました。
こうして今わたしがいること。 頑張れてること。
すべてに感謝して 想い続けました。
益々頑張っていかなければ。」

 それ以上の説明はない。文章に添えられた写真には、水辺のような場所で祈るように水面を見つめる川口春奈の横顔が撮影されている。

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 2014年にこのブログが書かれた当時、それが何を意味するのか、大事な人とは誰のことなのか、舞台の千秋楽を待つように彼女がどこに駆けつけたのか分かったファンはほとんどいなかったのかもしれない。コメント欄には戸惑いつつ、彼女を応援する声が並んでいる。川口春奈が19歳の当時、彼女が生まれた五島列島の福江島で、彼女の父が亡くなったことが明かされるのはそれから何年も後のことである。

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 ジャイアントキリング、という言葉がスポーツの世界にある。映画『ロッキー』に代表される、無名のボクサーが世界チャンピオンに挑戦するような大番狂わせを指す言葉だ。本能寺の変で織田信長を討った明智光秀は、日本史上に残るジャイアントキリング、巨人殺しを成し遂げたと言えるだろう。新型コロナ感染症による撮影中断まで、大河ドラマ『麒麟がくる』が語ろうとしていたのは、「暴君と知性」をめぐる物語である。

「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」の歌を引くまでもなく、圧倒的な力で天下統一を成し遂げようとした織田信長は、日本史において力の象徴だ。中断前の最後の放送で、染谷翔太演じる織田信長は長谷川博己演じる明智光秀に「父は自分を決して認めなかった、帰蝶は母親のように何をしても自分を褒める」と寂しげに呟く。それは織田信長という絶対君主が、全否定や全肯定ではなく、知性によって是々非々に自分を律する家臣を求める場面である。

 近現代史をテーマにした『いだてん』が優れた現代への批評を見せた後、『麒麟がくる』は定番の時代劇に戻るのではなく、歴史の中で知性は暴君に対しどう行動するか、という現代的テーマを、国内外で次々と「暴君」が生まれ支持を広げる時代に描こうとしている。