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「隣人の手でなぐり殺し」「遺体はその辺に埋められたまま」…東京五輪の翌年に起きた「人気リゾート8万人大虐殺」の過去

三上智恵が『楽園の島と忘れられたジェノサイド』(倉沢愛子 著)を読む

2020/09/13
『楽園の島と忘れられたジェノサイド バリに眠る狂気の記憶をめぐって』(倉沢愛子 著)千倉書房

 年間約30万人の日本人観光客が訪れる人気リゾート地・バリ島。デンパサール空港からエキゾチックな街を抜けてビーチに繰り出す人のうち、この島が8万人の血を吸った大虐殺の島だという事実を知る人は何割いるだろうか。しかも政府や軍によってではなく、同じ村人の手でなぐり殺され、遺体はその辺に埋められたまま「穢れた存在」となって村人から恐れられているが、観光客だけがそれを知らない。わずか50年前の惨劇なので、虐殺者と被害者家族、密告者は今も一緒に住み続けているのだ。

 住民同士の虐殺といえば、沖縄戦で軍隊の論理が引き起こした集団死や住民虐殺についても、一部に住民の関与があったために、戦後70年経っても語れない深い傷を地域に残している。それを『沖縄スパイ戦史』(2018)という映画にする際の証言を得る難しさを考えた時に、バリ島の虐殺者たちが何ら悪びれずに日本人研究者に虐殺の経緯を語る態度にまず驚く。

 この悲劇は、スカルノ大統領時代、インドネシア全土で50万~200万人ともいわれる犠牲者を出した共産主義者大虐殺の一環だ。1965年10月、あるクーデターを「共産主義者らの陰謀」と決めつけ共産党を一掃しようとした当時のスハルト将軍らの情報操作で、大衆に恐怖と憎悪が増幅し、民兵や普通の村人がまるで暗示にでもかかったかのように殺戮者に変貌。共産党に連なる人間、時には全く関係ない人々をも血祭りにあげて行った。

 中でもずば抜けて犠牲者が多かったのがバリ島だという。なぜバリなのか。そこが、長い間インドネシア社会を丹念に調査してきた倉沢愛子さんの蓄積と分析手腕が光る本書の真骨頂だ。

 バリでの虐殺は共産党員が多いジェンブラナ県というバリ南西部で起きたある事件から始まる。すでにジャワ島では大虐殺の嵐が吹き荒れる中、2か月は静観の構えのバリ島だったが、ある「秘密会合」を警戒して乗りこんだ体制側のイスラム系組織の青年ら3人が殺されたことで火ぶたが切られる。すでに恐怖と疑心暗鬼に支配されていた地域では体制側と共産党側双方に暗殺リストもできており「殺(や)らなければ殺られる」という本能の暴走は止められなかった。その一つ一つが事実であったのかどうか。何が集団を狂気に誘うのか。真実を逃すまいと冷静な筆致で著者の検証が続く。

 驚くのは、この虐殺者たちは長く「共産主義の脅威から国を守った英雄」として処遇されてきたことだ。さらに「アジアにおける共産主義拡大を止めた」と評価する西側諸国の国際世論がそれを後押ししてきた。その中に日本人も連なる。

 本書は、私たちがバリのエキゾチシズムだけ消費しながら現代史を揺るがすこの事件については知ろうともせず、虐殺者を無罪放免する世論に加担した一員であることをも教えてくれる。

くらさわあいこ/1946年、大阪市生まれ。慶應大学名誉教授。コーネル大学、東京大学双方で博士号取得。専門はインドネシア社会史。『日本占領下のジャワ農村の変容』でサントリー学芸賞受賞。近著に『インドネシア大虐殺 二つのクーデターと史上最大級の惨劇』。

みかみ ちえ/1964年生まれ。TV局勤務を経て映画監督。主な作品に『沖縄スパイ戦史』、また同作での取材をまとめた同名著書も。

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