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麒麟川島明が語る“芸人になる原点”「小1、ファミコンが家に届いた日が人生のピークかもしれない」

『ぼくをつくった50のゲームたち』#1

2020/09/13

 芸能界随一のゲーマー、麒麟川島明さん。その川島さんがこれまでにプレイしてきた50本のゲームの思い出を綴った単行本『ぼくをつくった50のゲームたち』が発売される。『ドラクエ』、『マリオ』、『くにおくん』、『キャプテン翼』……ファミコン世代にとって“懐かしすぎる”カセットが並ぶ。「初めてファミコンが届いた小1の日」が忘れられないという川島さんに聞いた。(全2回の1回目/後編に続く)

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「音楽好きな人が曲を語るのと似ている」

――読後の第一印象は「これはゲームの本ではないんだ」ということでした。川島さんにとって、ゲームを語ることは、つまり、自分を語ることなのだということがよくわかりました。

川島 音楽好きな人が好きな曲を語るのと似ていると思います。好きな音楽と一緒に、それをよく聞いていた頃のことも一緒に浮かび上がってくるじゃないですか。僕も同じで、当時、よくやっていたゲームを思い出すと、それと一緒に、そのとき自分が置かれていた状況、自分が考えていたことまで鮮明に蘇ってくるんです。

麒麟・川島明さん。単行本『ぼくをつくった50のゲームたち』が発売される ©️文藝春秋

――目次にズラッと50本のソフト名が並んでいると、一瞬、それぞれのソフトの解説が始まるのかと思って身構えてしまいました。

川島 いちおうソフト名は記憶のインデックスというか、きっかけとして使わせてもらっていますけど、ほとんどが当時の思い出話で、ゲームの話は最後の最後でちょっと触れているだけみたいなパターンもありますから。

――つまり、おもしろかったゲーム「ベスト50」ではなく、思い入れのある「ベスト50」ということですよね。

川島 確実に自分の人生に影響を与えたなと思える「ベスト50」というイメージです。

「気絶しそうになった」川島家にファミコンが届いた日

――「はじめに」の中で、ファミコンが我が家へやって来たときの情景が鮮明に描かれています。当時の川島少年の興奮、感激がビビッドに伝わって来ました。1985年と書かれていたので、小学1年生くらいの記憶でしょうか(※川島さんは1979年2月生まれ)。

川島 小学校に入学したタイミングだったと思います。でも買ったんじゃないんですよ。近所のスーパーで買い物をすると、グリーンスタンプという切手のようなポイントをもらえるんです。それを台紙に貼っていっぱいになったら、サッカーボールとかと交換してくれる。交換商品の中にはファミコンもあって、とんでもないポイント数だったんですよ。40冊分ぐらいだったんじゃないかな。

――よく貯まりましたね。