『「生存競争」教育への反抗』(神代健彦 著)集英社新書

「『あれ』がなければ生きていけない、だから苦しくても、もっともっと欲しい、もっと効き目のある、もっとわたしを安心させてくれる、『あれ』を――」

 教育を、まるで社会に「適応」し「競争」に勝ち残るための「サバイバル・メソッド」かのように考える人々が陥る「教育依存状態」を、教育学を専門とする著者は、こうも辛辣に表現する。中学受験にのめり込み悶絶する家族と接する機会の多い私には決して大げさな表現とは思えない。

 また著者は、教育はあらゆる社会課題を解決する魔法の杖ではなく、せいぜい十徳ナイフくらいのものであると訴える。たしかに料理にも稲刈りにも大工仕事にも有用だが、料理には包丁を稲刈りには鎌を利用したほうが便利で速いし、家を建てるとなれば十徳ナイフなどすぐ壊れてしまう。

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 同様に、グローバリゼーションを生き抜きたい企業は自社で必要な職能開発をすればいいし、国民に愛国心をもたせたいならば愛される国になるのが先だし、貧困・格差問題を解決するというのなら直接的に再配分のシステムを工夫すべきであり、何でも教育に頼るなというわけだ。

 それなのに現在の社会は、教育に過大な期待を寄せ、勝手に幻滅し、だからこそ教育改革や学校改革が何十年も叫ばれ続けているのだと、著者は看破する。

 たとえば政治家は、前述のような社会課題に対して直接的にいまできることをするのではなく、それらに「教育の課題」というラベルを貼り付けることで、自分たちの責任を教育現場そして子どもたちに押しつけている。しかも、その欺瞞に気づき抵抗する教育現場に対して「頑迷である」というレッテルを貼り、改革の失敗を現場のせいにする。大学入試改革頓挫でも生々しい光景を見たばかりだ。

 ほかにもシニカルな表現が頻出する。新しい指導要領は「ゆとりの詰め込み」、教育で社会変革しようとする発想は「疲弊した社会に宿った救世主待望論」、コンピテンシー偏重型教育は「保健機能食品」、主体的学習論は子どもを「ロボット掃除機」に貶める行為……。どんな文脈で登場するのかは、実際にページをめくってたしかめてほしい。

 言うなれば本書は、教育の機能を、既存社会にとって都合の良い人材を供給する装置として矮小化する風潮へのレジスタンス運動である。それでいて真摯なのは、「〈教育批判〉批判」に終始していないことだ。

 散々に現状批判をしたうえで、教育思想史を遡ったり、経済学や社会学の知見を取り入れたりしながら、教科教育を擁護する論理や教育が経済にも貢献する新しいモデルを提唱する。また、エビデンスの類いをほとんど用いず論を進めている点にも、昨今流行の教育論への抵抗的意図を感じる。

 本書における著者の結論はおそらく「仮置き」のものだが、その分、良質な「問い」が残される一冊だ。

くましろたけひこ/1981年生まれ。京都教育大学教育学部准教授。一橋大学博士(社会学)。専攻は教育学、教育思想、教育史など。共編著に『教育原理』『道徳教育のキソ・キホン』『悩めるあなたの道徳教育読本』がある。
 

おおたとしまさ/1973年、東京都生まれ。教育ジャーナリスト。『ルポ塾歴社会』『名門校とは何か?』など、著書60冊以上。

「生存競争」教育への反抗 (集英社新書)

神代 健彦

集英社

2020年7月17日 発売