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「目先のやってる感」よりも「実効性」

 ただ江戸期の日本が、すでに感染症流行時に、公権力が医療品を配布するという“医療福祉”を行う社会だった事実は評価できます。

 今回のコロナ禍でも世帯ごとにマスク2枚が配られました。安倍内閣としては国民への親切のつもりだったでしょう。しかし、的外れの政策との批判を浴びました。マスク自体が小さく、配布も遅れたため不評で、かえって「内閣支持率を下げてしまった」と、外国メディアにまで報道されました。「感染症の流行時、政権は医療品を配るが、その内容には疑問符がつく」のが、江戸期以来、我が国の傾向なら、ここらで改善せねばならないでしょう。為政者は「目先のやってる感」よりも「実効」を気にして対策をとるべきというのが、歴史の教訓といえるでしょう。

 ここで、江戸時代にどのような漢方薬が感染症治療に用いられたのか、今後、参考になるかもしれないので、少し詳しく記しておきます。

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 享和2(1802)年の「アンポン風」の際には、「悪寒、発熱、頭痛、体痛、咳、口の渇き」といった症状に「始めは葛根湯や麻黄湯の類が用いられ、後には柴桂湯や小柴胡湯が用いられ、皆快癒した」との記録があります(『枳園随筆』)。

 現在でも、体を温める葛根湯や発汗作用のある麻黄湯は風邪の初期症状に、柴桂湯は熱、悪寒、腹痛など、小柴胡湯は食欲不振や疲労など、風邪が長引いた時に用いられる漢方のスタンダードな薬です。

コロナでも使われている漢方薬

 我々の体の免疫抵抗力は、「感染やワクチン接種で獲得する免疫(=獲得免疫)」だけでなく、「生まれつきある免疫(=自然免疫)」も含めた全体で構成されています。漢方薬のなかには、ナチュラルキラー細胞など、「自然免疫」の力をアップさせるものがあるとの研究報告もあります。その意味では、特効薬ではなくても、江戸の処方は全くの“当てずっぽう”とは言い切れません。今回のコロナでも、補中益気湯など幾つかの漢方薬がよく売れています。

 文政4(1821)年「だんほう風」のときの記録には、「関東では、西国よりも、患者の症状が当初から激しく、さらに悪化する勢いだったが、柴桂湯、葛根湯、小柴胡湯などによって速やかに治った」とあります(『時還読我書』)。

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「津軽風」と呼ばれた文政10(1827)年の流行り風邪でも、「文政4年、文政7年の疫と同じく、小柴胡湯で治り、劇症は少なかった」(『時還読我書』)という記録が残っています。

 安政元(1854)年の流行り風邪では、「正月から2月まで、風邪が都下に大いに流行し、その正月に米国の黒船が横浜沖に来た時のことだったので、『アメリカ風』と呼ばれたが、葛根湯、柴葛解肌湯などによって治した」と記されています(河内全節『疫邪流行年譜』)。

 総じて、風邪に効くとされる薬を用いて、症状を緩和させ、患者の体力を回復させるということが、江戸の感染症治療の基本だったことがわかります。しかし、こうした対症療法の経験の積み重ねが確実に感染症による死者を減らしていったのも事実なのです。

【続き】「天皇の御前に出られない」 スペイン風邪にかかった原敬の悲痛を読む

感染症の日本史 (文春新書 1279)

磯田 道史

文藝春秋

2020年9月18日 発売