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「死んでもいい人間を用意してくれ」 深夜2時に福島1Fに向かった、“20人の決死隊”

『ヤクザと原発 福島第一潜入記』#8

2020/10/25

source : 文春文庫

genre : ニュース, 社会, 読書

note

「あんたたち、命懸ける気あんのか?」

 多少の不満は口にしても、黙々と現場に出ていく作業員たち―。

 彼らをフォローしようと、各分野のエキスパートたちも動いている。とある町工場は、水分を吸収すると冷却作用を生む生地を使ってTシャツを作り、作業員に試作品を渡した。防護服に加え、それぞれの作業に必要な着衣を身につけるため気化熱が発生せず失敗、繊維メーカーはご立腹らしいが、怒りの矛先が間違っているとしかいえない。

 不甲斐ない政治家の中にも、作業員を支援しようと動いてくれる一派がおり、作業員の生の声を聞きたいとメールをもらっていた。谷口プロジェクトをきっかけに参加した『医療ガバナンス』というメーリングリストのシステムを理解せず、誤って個人情報を載せた私信を読者全員に送ってしまい、そこに書かれていたメールアドレスや電話番号を通じて、あちこちから連絡が来るようになっていたのだ。

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 いわき市で私ら新入社員の顔見せを兼ねた歓迎会が行われた際、民主党参院議員の石橋通宏らが、偶然、いわき市を視察していたため、社長の許可をもらって同席してもらった。もちろん、同僚たちには「あの人たちは我々の味方だ」と説明してあった。まだ早い時間だったので酔いも浅く、それなりに有意義な話が聞けたように思う。

 ただ、うちの社長は体質が任俠である。口数は少なく「男なら行動で示せ」が信念だ。社員の交通事故やトラブル、家庭内不和の仲裁、借金の肩代わり、果ては不良たちとの喧嘩まで、なにかあればすぐに自分が矢面に立つ。客観的にみて、面倒見のよさは常軌を逸しており、少々病的である。

※写真はイメージ ©️iStock.com

 もっともらしい正論を振りかざす政治家たちの話を打ち切り、社長はシンプルな物言いで核心に突っ込んだ。

「あんたたち、命懸ける気あんのか?」

「命を懸けるかどうかはともかく……」

 すべてが偽善というつもりはないが、政治家たちの本心は作業員たちの安全確保より、当時、総理大臣だった「菅降ろし」にあるように思えた。

 遠目でやりとりをみていたら、どうにもいたたまれず、二次会には誘わなかった。同席者から、「いいんですか? 行きたそうにしてましたよ」と忠告されたが、これ以上酒が回れば、あちこちで「自分の目で現場を見てみろ」と、すごまれるだろう。

 二次会の最後、カラオケを熱唱したマイクを使い、社長は社員にこう呼びかけた。

「俺たちで1Fを止め、次の世代に日本を渡そう」

 熱気は不思議と伝染する。正直、不埒な作業員である私にも、社長や同僚と同じ気持ちが芽生えていた。わずか1パーセントにも満たないが、正義などこの程度で十分だ。