30年近くヤクザを取材してきたジャーナリストの鈴木智彦氏は、あるとき原発と暴力団には接点があることを知る。そして2011年3月11日、東日本大震災が発生し、鈴木氏は福島第一原発(1F)に潜入取材することを決めた。1Fに向かう前に、Jヴィレッジで東京電力の講師から、放射能教育の研修を受けることになった。『ヤクザと原発 福島第一潜入記』(文春文庫)より、一部を転載する。(全2回の1回目/後編に続く)
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放射能教育
宿に到着したのは、まだ午後4時前だった。茶髪の責任者は外出中で、部屋の鍵をもらって、彼の帰りを待った。パチンコから戻った彼は、「ちぇっ、負けちゃいました」と舌打ちした。さりとてそう悔しそうにも見えなかった。
手土産を渡すと「上会社の所長に渡してください」とアドバイスされた。現場責任者だけあって的確な判断だ。
「明日は……朝8時に上会社の事務所に行ってもらって、そのあとJヴィレッジでAB教育を受けてください」
「AB……C、F、Gはあるの?」
「どーでしょう。俺、聞いたことないっすね」
彼のいうAB教育とは、本来a教育、b教育と小文字表記で、福島原子力企業協議会が定めた放射線防護教育のことである。主催者の福島原子力企業協議会のホームページには、以下のような説明が掲載されている。
「福島原子力企業協議会は、東京電力の福島第一原子力発電所及び福島第二原子力発電所の定検・保修工事、委託業務等に携わる元請企業とその協力会社の全てを会員とし、会員企業の自主的責任において運営される横断的組織で、法人格を持たない任意団体です。
福島地区における原子力発電所の定検・保修工事、委託業務等の円滑な推進と会員企業の健全な発展に寄与することを目的としています。
企業協議会は、会員企業に共通する技能訓練・教育等の実施、会員企業並びに従事者のコミュニケーション増進のための文化・体育活動の実施、原子力理解活動の展開、及び地域社会との協調推進活動等の事業を行っています」(http://www.kyougikai.com/)
そのため、他の原発で働いたことがある熟練工でも、福島県内の第一、第二原発に就労する際は、この教育を受けねばならない。放射能に関する基本的知識の教育だ。
「なに着ていけばいいんだろう?」
「その作業着でいいと思います。あっ、そうだ、これあげます」
責任者の佐藤は原発作業員に支給される水色のつなぎをくれた。
「鈴木さんは初めて原発に入るから、これを着てればなめられません!」
背中には大きく「3L」と書いてあった。着てみるとブカブカでいかにも借り物にみえた。