85点で合格
試験問題用紙には、柏崎刈羽原子力企業協議会と書かれていて、新潟から運んできたものだった。福島のテキストはおそらく1Fにあって持ち出せないのだろう。全20問で、解答は3択である。答案用紙に○を付け、その上から正解部分のますを格子状に切り抜いた厚紙を重ねると、瞬時に採点が終わる。試験問題は2種類あるようで、採点時には女性社員が手伝いにきた。解答し終わった人間から順番に並び、講師に答案を渡す。隣の作業員は「おほほ、俺、100点満点!」と喜んでいた。あれだけ懇切丁寧に解説され、問題は初歩中の初歩だから当然である。
「自分、何点だったんですか?」
「85点です」
言い訳をさせてもらえば、試験はカンニングし放題だったのだ。仲間同士で相談し合うのだから単独の私は不利である。どちらにせよ試験は全員が合格する。合格点をとれなかった作業員は、その場で答案用紙を戻され、もう一度同じテスト問題を解き、二度、三度と採点してもらうからだ。客観的に無意味とは思うが、それでもまったく知識のない人間にとってはためになるだろう。ただ、1F作業員にとっては、無意味な知識が多かった。
午後のb教育は、講師にとっていっそう過酷なものとなった。
放射能や原発の基礎的知識を教えるa教育と違い、管理区域の説明など、実務的教育だからである。管理区域の区域区分や標識は、1~3の数字とA~Dまでのアルファベットを組み合わせて分類される。数字は放射線量を表し、1の区域は線量当量率が0.05ミリシーベルト未満、2は0.05~1.00ミリシーベルト未満、3はそれ以上となる。アルファベットは汚染度を示しており、Aは汚染のない区域、Bは汚染がないように管理されている区域、Cは汚染に注意する区域、Dは汚染のある区域を意味する(表面汚染密度、空気中の放射性物質の密度はベクレル)。この分類で行けば1Fは構内すべてが3Dだ。
区域ごとに必要な装備を解説する講師も、さすがに苦笑いだった。b教育はなにもかも1Fでは無意味といってよかった。
我々は原子力発電所で生きて行かねばなりません
翌日、Jヴィレッジに隣接する二ツ沼総合公園の施設を利用した東芝の事務所で、メーカーによる防護教育があった。参加者は10名足らず。昨日のa・b教育を受けた人数からこれをさっ引けば、東芝系列の作業員割合が推測できた。
「事態がどうなっても、我々は原子力発電所で生きて行かねばなりません」
東芝の講師はそう言い切り、「鈴木さん、前科持ちでしょう」と質問してきた。意味が分からない、というか、暴力団取材をしていることがばれたのかと焦りながら、クビを横に振る。
「そのツナギを着てるからてっきり経験者と思いました」
前日に茶髪の責任者からもらったツナギが理由とわかり安堵した。
講習の内容は極めて実践的で、防護マスクを使った実地訓練では、その状態で3分間足踏み昇降をし、息が切れるかどうかテストし、血圧などを計った。
「先日……家に帰ったとき、洗濯物を家族のものと一緒に洗っていいか、という質問がありました。まったく問題ないんですが、気になるなら別々に洗って下さい」
質疑応答も実践的だった。