30年近くヤクザを取材してきたジャーナリストの鈴木智彦氏は、あるとき原発と暴力団には接点があることを知る。そして2011年3月11日、東日本大震災が発生し、鈴木氏は福島第一原発(1F)に潜入取材することを決めた。7月13日、1F初勤務の様子を『ヤクザと原発 福島第一潜入記』(文春文庫)より、一部を転載する。(全2回の2回目/前編を読む)

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めんどいマスク

 私の初勤務、7月13日当時、作業員にとって最大の敵は熱中症だった。その抜本的な防止には、こまめな水分補給やクーラーの効いた場所での休息などが欠かせない。が、それらはすべて原発の復旧作業において不可能である。作業中は法律で全面マスクの着用が義務づけられているため一切水が飲めず、現場にはスポット以外のクーラーはない。そのため、熱中症対策には、副次的な要素が重要視される。

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 一例をあげれば、深酒を避ける、十分な睡眠を取るなどだ。それと並び、朝飯をとることは、かなり有効な予防策とされる。旅館の朝食をとってこなかった作業員のため、前述したように東電はこうした食料面のバックアップをしてくれていた。ただ、でかでかと一人1つずつでお願いしますと貼り出してあるのに、4、5セットの食料を持って行く作業員は毎日数人目撃した。

 本当に仲間のためだったケースもあるだろう。が、その後、私が質問した作業員は13人中13人が、自宅で家族に渡していると証言している。水や飴なら安価だが、食料にはかなりのコストがかかる。廃止されたのは不正防止という可能性も捨てきれない。

 食料を詰め終わると、今度は一段下がった場所に下り、原発で作業するための装備を受け取る。紺色(後、水色、白色なども支給された)の長袖長ズボンの肌着上下、軍足、髪の毛に放射性物質が付着しないための帽子、綿手、ゴム手、靴カバー、バスの中で着用するサージカルマスクなどだ。

(写真:著者提供)

 作業中の内部被曝を防ぐための全面マスクだけは正面出入り口付近にあり、ざっと5種類ほど形の違うマスクがプラスチックケースに山積みされていた。金属製のパーツがふんだんに使われているスタイリッシュなマスクを選んで、先輩と一緒に廊下で着替えた。

「お前、そのマスクにしたの? それ、一番めんどいヤツだぞ。フィルターがピンクのが一番いい。すぐ外せるし、眼鏡をしててもリークもあまりしない」

 私が選んだマスクは、ほぼ初期型に近いモデルで、放射性物質を取り込まないようにする機能は同等でも、装着に時間がかかり、ベテラン作業員がもっとも嫌がるマスクだという。

「今度からそうします。でも、なぜパンツだけが自前なんでしょう?」