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2020/11/01

source : 文春文庫

genre : ライフ, 社会, 読書, 医療, ヘルス

復旧作業に当たっているのは原発作業員だけではない

 再出発後、同僚はあと5分で到着するだろうという時間になってようやく、手早い動作で全面マスクを装着した。

 道路を含め、警戒区域内は想像していたよりも復旧していた。もちろん、バスが通った道から見た風景だけで、一歩町中に入れば、震災や津波の爪痕はいまもはっきり残っている。途中、なんども復旧作業に当たっている人間を見かけた。1Fの事故収束にあたっているのは、1Fの敷地で働く原発作業員だけではない。

 地元の消防職員、消防団(彼らはわずかであっても給料をもらうため準公務員扱いである)、福島県警、全国から応援に駆けつけている警察官、自衛官、土木建築業者をはじめとする民間業者、ボランティア、そして地元住民など、たくさんの人間たちがさほど脚光を浴びず、賞賛されず、放射能の恐怖と戦いながら黙々と復旧活動を行っているのだ。作業員の健康被害ばかりがクローズアップされるが、本来はこうした人間すべての健康状態を心身ともにフォローし、対策を講じなければならない。

(写真:著者提供)

 しばらく走ると1Fがある双葉町に入った。3キロ圏内にあるトヨタのディーラーでは、店舗前に展示されていた新車がまだそのまま放置されていた。並んでいるのは新車ばかりだから、車泥棒なら涎(よだれ)が出るだろう。トヨタが無事だった反面、ATMなどが荒らされているコンビニや、入口が破壊されている店舗が目立った。20キロ圏内に初めて入ったとき、ほぼこのあたりは無傷だったように思う。最初、放射能が怖くて一帯に立ち入らなかった窃盗団たちが、いまは暗躍しているのだ。

 卑劣で不道徳な火事場泥棒を摘発・逮捕するのは警察にしかできない仕事である。福島県警には自身が被災者である警察官がたくさんいると聞いている。自分のことを後回しにして、市民のために奮闘する様子をみると、尊敬の念しか湧いてこない。

シェルターに到着

 バスは約20分で東芝のシェルターに到着した。1Fのすぐ脇にある駐車場に新設されたここは、文字通り放射能と戦う作業員のシェルターであり、世界有数の技術力を持った東芝の英知を結集して作られた最前線基地だ。

 シェルターはかまぼこ状の外見の建物を複数連結させる方式だった。外見は濃いブルーが基調で、おそらく、この形にも色にも科学的必然があるのだろう。かなりのエアコンが稼働しているようで、業務用の強大な室外機が多数置かれていた。東芝製かどうかは未確認だ。ちなみに内部にあるシルバーの冷蔵庫はシャープ製である。その他、放射性物質を含んだ外気を取り込むことのないよう、いくつもの空気清浄機が稼働している。

 シェルターの主な出入り口は2つあり、ひとつはJヴィレッジからやってきた作業員を受け入れ、仕事が終わった後、作業員が出てくる場所である。もうひとつは完全防備をした作業員が担当する現場に向かうためと、帰ってきたときのための通用口だ。シェルターの造形の見事さに見とれていた私は作業員の一団からはぐれ、最後尾から内部に入った。やっと自分の番が来たので入ろうとしたら、入口のファスナーが閉められ私は困惑した。