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2020/11/01

source : 文春文庫

genre : ライフ, 社会, 読書, 医療, ヘルス

一般人の立ち入りが禁止されている20キロ圏内へ

 バスはロータリーを出て、警察による検問でストップした。腕章をみると、九州地方の警察官だった。その様子を見ているうち1Fに向かうという実感に包み込まれ緊張した。なんとか落ち着こうと思い、ショートホープに火をつけた。こんなときはタバコがいい。これ以上、心が落ち着く嗜好品を私は知らない。

 普段は1ミリグラムの軽いケントを吸っていた。銘柄を変えたのは、職人たちはニコチン・タールの含有量が高いタバコを吸っているほど尊敬されるのではないか、という根拠のない幼稚な想像のためである。今度のバスには灰皿がなかったのでペットボトルを灰皿代わりにするため、ミネラルウォーターを一気飲みした。無事に警察の検問を抜けたバスは、一般人の立ち入りが禁止されている20キロ圏内に入っていった。

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〈よし、いよいよ実戦だ〉

 心でそうつぶやき、ショートホープに火をつけた。慣れない、重いタバコの煙を肺の奥まで届けるため、私は思い切り煙を吸い込み、そしてゴホゴホとむせ込んだ。 

 咳が落ち着き、なんとかタバコを吸い終えても、心はまったく落ち着かなかった。他にすることもないので、窓からの風景を眺めた。警戒区域が設定される前日、1Fの正門や無人となった街を撮影した経験があったので、なじみのある光景である。

飼い主を失ったペット

 約20分後、バスはガソリンスタンドの前で停車し、運転手と作業員の約半数が全面マスクを装着した。後部座席に座る私の同僚たちは、ゆっくりタバコを燻(くゆ)らし、世間話に興じている。

〈これじゃあ内部被曝するんじゃないだろうか? 大丈夫なのか? でも仕方ない。彼らがマスクをつけるまで待とう〉

 平静を装ってバスの外に目を向けると、たくさんの犬や猫―震災で飼い主を失った動物たちが遠巻きにこちらを凝視していた。犬も猫も体毛はぼろぼろで、体が極端に痩せている。まだらハゲとなり、あばらが浮き出た雑種犬が一匹、よろよろとバスに近づいてきた。その首には飼い主がはめただろう真っ赤な首輪があった。私が泊まっていた旅館のフロント前には、動物愛護団体が持ってきた餌が置かれている。その理由が飲み込めた。自分たちが20キロ圏内に入れないため、作業員に餌やりを託しているのだ。

警戒区域の犬にエサをやるフクシマ50(写真:著者提供)

〈すまん、今日、俺、勤務初日なんだよ。次は餌を持ってくる。約束する〉

 バスは3分ほど停車し、1Fに向かった。バスが見えなくなるまで、動物たちはずっとその場所に立ち尽くしていた。