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すでに0.02ミリシーベルト被曝……福島1F勤務初日の“緊張の一瞬”

『ヤクザと原発 福島第一潜入記』#10

2020/11/01

source : 文春文庫

genre : ライフ, 社会, 読書, 医療, ヘルス

 先輩が笑顔だったので気になったことを質問した。

「お前、せこいねぇ。昔は他の原発で、パンツも支給してるケースがあったみたいだけどさ。それくらいいいっぺよ。パンツ買う金ないなら貸してやっから、さっさと着替えて! 急いで‼」

 汗だくになって着替え、鞄と食料を持ってJヴィレッジのロータリーに出た。ロータリーは汚染地帯を走った車が利用するので一般車の立ち入りが禁止されている。4、5台のマイクロバスや乗用車がタイベックを着込んだ作業員を乗せていた。中には“わナンバー”、つまりレンタカーもあった。このまま返却できないので、おそらく買い上げだろう。その後、どこに売られるのか判然としない。

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 最近、中古車販売店が参加するオークションではトラブルが頻発しているという。格安中古車を海外に輸出している業者が、港に運んだ車両の放射能汚染チェックに引っかかり、買った車を再びオークションに出品するのだ。返却された汚染車両は、国内販売の業者に買われ、中古車市場に出回っている。業者たちにとっては死活問題のため、誰もがこの事実に沈黙している。

目立てない作業員

 ロータリーでも何人かの作業員がタバコを吸っていた。新米の上、元来、のろまな私にそんな時間はなく、輪の中には入れない。ニコチン摂取を渇望する強烈な中毒症状を必死で押さえ込み、待機していた岡野バルブ製造のバスに乗った。

(写真:著者提供)

 原発のプロフェッショナルだけあって、岡野バルブのバスのシートや内装は、放射性物質が付着しないようあちこちがビニールシートで養生されていた。ラジオからは地元FM局の番組がかなりの音量で流されており、AKB48の『会いたかった』が聞こえた。事前に行われた東芝の講習会で「1Fに向かうバスの中ではサージカルマスクを着用してください」と言われていたが、見渡すとマスクをしている人間は運転手だけだった。自分だけマスクをするわけにもいかないと判断、他の作業員と同じように行動することに決めた。なにしろ、浮くわけにはいかない。目立てない。

 もちろん私は正規の手続きを踏み、一切の不正をせず、1Fの作業員となった。その点、やましいところはみじんもない。噓を誠にするため、履歴書に書いた前職の鳶も、東京と福島県内で合計3日経験している。違法行為がどれだけ自分の足かせとなるか、私は暴力団取材によって熟知している。

 考え方も、自分ではまっとうだったと思う。具体的にいうなら、取材は二の次、与えられた原発の復旧作業を全力でこなすことが第一義と考えていたのだ。しかし、いくら仕事の邪魔にならないようにと意識したところで、その背景には取材という目的がある。知り合った関係者すべてを騙し、その意図を隠して就職した不道徳な作業員である以上、目立ち、目をつけられ、余計なトラブルを起こすのは避けたい。