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「核分裂反応です。ここテストに出ます」 東電関係者が1F爆発直後に放った“ブラックジョーク”とは

『ヤクザと原発 福島第一潜入記』#9

2020/11/01

source : 文春文庫

genre : ライフ, 社会, 読書, 医療, ヘルス

note

身元管理はしていない

 翌日8時、約束の時間きっかりに上会社の事務所を訪れた。所長に手土産を渡し、書類を数枚渡された。その中に現場で見聞きしたことを口外しない旨の誓約書があった。かといってなんの説明もなかった。ただ機械的に署名するよう言われただけだ。

 私はペンネームを使っていない。平凡な名前のため印象に残りにくいだろうが、ネットで当たれば一発で氏名、年齢、写真が見つかり身元がばれる。労働者名簿や誓約書を書きながら、いまのところ嫌疑がかかっていないと確信した。原発の潜入取材に当たり、私はルールの厳守を心がけていた。もちろん退職後は実体験を書くつもりだから、その点に関しては約束を破る。が、書面を偽造したり、持ち出し禁止の書類を盗み出すなどインチキをすれば、そこを狙われ足を掬(すく)われる。違法行為はもってのほかで、もし身元がばれた場合は、母親の兄弟の養子となり、戸籍を変えようと思っていた。ファーストネームは変えられないが、母親の旧姓は珍しいので、十分な迷彩になるはずだ。

 所長の様子をみて、東電や東芝、IHIも作業員の身元を一括管理していないのだろうと思った。だとすれば現場に暴力団が入り込むのも容易(たやす)い。組員名簿に名前が載っていない隠れ組員なら警察に照会しても無駄だ。

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 手土産のせいか、所長は機嫌がよかった。所長のトヨタ・プロボックスバンの後ろに付き、ワゴンRを走らせた。Jヴィレッジまでは下道を通って30分程度で着いた。ここから1Fまで約20キロ少々だから、1Fは想像以上にいわき市から近い。初めて訪れるJヴィレッジは、駐車場にかなりの自家用車が停まっていた。福島以外の他府県ナンバーも多くあった。駐車スペースがなく、構内の歩道に停めるよう言われた。

AB講習の様子(写真:著者提供)

「管理区入域前教育(a・b教育)」

 ロータリーのある正面入口は通行証を持った車しか入れず、裏のテラスから建物に入った。

「教育の場所……この階段あがったとこに、書いてあっから。終わったら戻っていい。明日また同じ時間に来い」

 会議室に通されると、まず所属会社(私の場合はO社)と氏名を記入し、段ボール箱にある「原子炉施設特別教育テキスト」を取って座るよう指示された。グリーン地の中央にイメージイラストがあしらわれた表紙のサブタイトルには「管理区入域前教育(a・b教育)」とあり、福島第一、福島第二、柏崎刈羽(かしわざきかりわ)という3つの原子力発電所の名前があった。最下部には東京電力の名前とテプコのロゴ、その横に囲みで「本書の内容を本来の目的以外に使用することや、当社の許可なくして複製・転載することはご遠慮下さい」と書いてある。98ページもある分厚いもので、ぱらぱらとめくっても、そこまで神経質になる理由が分からなかった。原発反対の団体から、作業員を洗脳していると批判されるのが怖いのかもしれないが、とても丁寧な教科書といった感じで、たとえば「原発がなければ日本のエネルギー政策は成り立たない」などといった文章は一つも載っていない。