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手抜き料理に罪悪感を感じるのはなぜ? 主婦を苦しめる“手料理信仰”が生まれた理由

『何が食べたいの、日本人? 平成・令和食ブーム総ざらい』より #2

2020/11/16
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ル・クルーゼが流行した要因は?

 団塊世代が母親になった頃、ル・クルーゼの鍋が流行らなかったのは、まだ日本で売っていなかったからだ。ル・クルーゼの日本法人が設立されたのは、1991年。広まり始めたのは、フランスからやってきた料理研究家、パトリス・ジュリアンが、1994年に『お鍋でフランス料理』(文化出版局)という本を出したことがきっかけだ。

©植田工

 重くて使い勝手も悪い面もあるが、ル・クルーゼの鍋は料理への新しい視点をもたらした

 2000年代半ばに大流行した要因は、まず料理研究家の平野由希子が次々とル・クルーゼの鍋を指定したレシピ本を刊行したことだ。最初の1冊は、2003年発売の『「ル・クルーゼ」だから、おいしい料理』(地球丸)である。続いて、『Mart』がくり返しル・クルーゼの鍋とそれを使った料理を紹介している。創刊当時の同誌は勢いがあったから、『Mart』で知って鍋を買った人は多かったのではないか。流行に乗るように、フランスからストウブが2005年、シャスールが2007年に上陸。鋳物ホーロー鍋の流行が盛り上がった。

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 あの流行から10年あまり。その後、他のブランドも上陸し、日本でも2010年にバーミキュラという鋳物ホーロー鍋が登場。すっかり鋳物ホーロー鍋は、定番の一つになった。鋳物ホーロー鍋を買ったことがきっかけで、料理にめざめた人もいるだろう。道具が料理の腕前を左右することに気がついて、道具にお金をかけるようになった人もいるだろう。流行はいつも、新しい視点と世界をもたらしてくれるのである。

時短ブームの背景

 2010年代後半、レシピの世界では時短ブームが続いた。時短レシピとは、調理プロセスを簡略化したり、つくりおきをすることで、忙しいときの調理時間を短縮する方法だ。

 2014年から始まった書店員が選ぶレシピ本コンテスト、料理レシピ本大賞in Japanでも、時短レシピ本の受賞が相次ぐ。最初に料理部門で大賞を取った『常備菜』(飛田和緒、主婦と生活社)など、2010年代半ばはつくりおき料理のレシピ本が次々とヒットした。

 2010年代後半になると、プロセスを簡略化したレシピ本へとトレンドが変化していく。それを象徴するのが、2018年の受賞作品である。料理部門大賞は『みそ汁はおかずです』(瀬尾幸子、学研プラス)と身もふたもないタイトルで、味噌汁の具材レパートリーを紹介する。定番和食の味噌汁こそ、簡単にできる時短料理という主張だ。

 スープが流行し始めたこの年、『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(有賀薫、文響社)も入賞している。肉やトマトなど具材から出るうまみを利用した、出汁を使わない簡単レシピが中心で、皮をむくのに手間がかかるタマネギやジャガイモを禁じ手にした本だ。肉と野菜が入って1品でおかずが完結する工夫もある。

 お菓子部門大賞の『へたおやつ 小麦粉を使わない白崎茶会のはじめてレシピ』(白崎裕子、マガジンハウス)も、型を使わないレシピなど手軽さが売り。こちらは2010年代、こねないパン、材料を混ぜるだけでつくれるケーキといった、常識をくつがえす簡単レシピの人気が高まっていることを背景にしている。