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手抜き料理に罪悪感を感じるのはなぜ? 主婦を苦しめる“手料理信仰”が生まれた理由

『何が食べたいの、日本人? 平成・令和食ブーム総ざらい』より #2

2020/11/16
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「ていねいに料理したい」という気持ち

 ミールキットの流行と定着は、そうした手料理信仰の根強さを裏づけるものでもある。しかし、安心・安全な食材の通販ビジネスから広がったのは、手間をかけたいからという理由以外に、加工食品に対する不信感もあると考えられる。加工食品の中には、食品添加物を多用する、食材の生産地が不明なものが多いなど、何が使われているのかわからないため不安を感じる人もいるからだ。

 ちゃんとしたものを食べさせたい、しかし料理に時間をかける余裕はない。そういうジレンマを解決してくれる商品が、ミールキットだったのかもしれない。この商品の登場と定着は、いかに現代人が限られた時間をやりくりして生活しているかを表している。

 本当は、料理を一からていねいにつくる時間と気持ちの余裕が欲しい。そんな風に感じている人は多いのかもしれない。ここ数年味噌づくり、梅酒・梅干しなどの梅仕事などが流行り、2020年に新型コロナウイルスの脅威により自宅で過ごす人がふえると、手のかかる料理をする人がふえたことからもわかるように、ていねいに料理したい人たちは一定数いる。

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 料理でラクをしたい人が多いのは、その人たちが怠け者なのではなく、あまりに忙しいせいである。忙しいのは、職場環境のせいかもしれない。労働時間の短縮は今大きな社会問題だ。批判する声も大きくなり、改善を試みる企業も出てきた。ミールキットは多忙な人だけが活用するわけではない。ふだん料理をしない家族や初心者が料理を学ぶツールとして使う。手間がかかると敬遠していた料理をつくる。何より献立を決める、という実は食事の支度で大きな負担となっている要素をへらせるのが魅力である。レパートリーを広げることに貢献するのだ。もしかすると、ミールキットはレシピサイトやレシピ本、テレビの料理番組と並ぶ大きな存在に成長していくのかもしれない。

今始まったわけじゃないつくりおきブーム

 1人暮らしをしていた1990年代、私は毎日同じようなものばかり食べていた。料理しても食べるのは自分だけだし、代わりにつくってくれる人もいない。1人で食材を買いに行ってつくって食べて片づける。そのくり返しが単調でめんどくさかったのだ。

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 基本の献立はご飯と味噌汁、焼き魚、副菜。副菜はいわゆる常備菜で、たいていニンジン、シイタケ、油揚げが入ったヒジキ煮か、ヒジキを切り干し大根に替えただけの、切り干し大根の煮物だった。まとめてつくっておいて、なくなるまで食卓に載せる。簡単だけど単調な食生活のためだろう。私はあの頃、体力がなくてすぐ疲れていた。ただ、常備菜のありがたみはよくわかった。

 常備菜のレシピがブームになったことは2回ある。1度目は1980年代で、そのときはフリージングが注目された。働く主婦がふえ始めた時代で、「家のことをちゃんとするなら働いてもいいよ」と夫から言われた女性たちは、週末に常備菜をつくるか下ごしらえをした素材を冷凍庫に入れておき、平日の負担をへらそうと試みていた。