ミールキットの誕生
1食または1品の料理に必要な食材がそろったミールキット市場が広がり活性化したのは、2013(平成25)年。売り出したのは有機野菜などのインターネット通販で知られるオイシックスだ。その後、らでぃっしゅぼーや、パルシステムといった安心・安全な食材販売を売りにする食品通販が参入。やがてローソン、セブン-イレブン、ワタミ、アマゾンなどの大手企業もこのビジネスを始め、食品販売の形態として定着しつつある。
私は2017年にこのビジネスについて取材した折、実際にミールキットを使ってみた。使い勝手は会社によって違いがあるようだが、これは単に多忙な人が時短に使うだけではない魅力がある商品と思えた。
まず、レシピと下処理済みの必要な食材がそろったミールキットを使えば、初心者でもたやすく食事の支度ができる。私が取材した時点でも、主婦が不在のときに子どもや夫がミールキットで食事の支度をする例を聞いた。
また、少人数の家庭や、外食が多く食材を余らせがちな場合にも、無駄なく使い切ることができる。ただし、食材を買う場合や加工食品を買う場合より割高である。
オイシックスがミールキットを開発したのは、小学生以下の子どもがいる女性を対象に調査したところ、加工食品を使うことに罪悪感を覚える人が多いことがわかったからだ。忙しくて料理に時間はかけられないが、買ってきた総菜や加工食品を仕上げて並べるだけでは、サボったようで心苦しい。ひと手間かけアレンジもできるミールキットなら、その罪悪感も薄れるというわけだ。
「手抜きした」という罪悪感と闘ってきた女性たち
自宅を離れて働く既婚女性がふえ始めて半世紀余り。3世代にわたって、家庭と仕事を持つ女性たちが自宅で闘ってきた相手は、「手抜きした」と思ってしまう自分自身だったのかもしれない。もちろん家族からそのように思われる可能性もあるが、一番の強敵はおそらく内面化した母親、姑や世間の目だったのだと思う。
女性が結婚すると、よき主婦となるべきだという価値観は、1917(大正6)年に『主婦之友』が発売されて以来広がり定着した。メディアは長い間、主婦としての心構えを説き続けたからだ。しかし、1975年をピークに専業主婦がへり始めると、主婦雑誌は売れにくくなっていく。1985(昭和60 )年に創刊された『オレンジページ』(オレンジページ)が大ヒットしたのは、同誌が主婦としての心構えを一切説かず、実用に徹したことも大きいと思われる。
それでも平成の初め頃は、『きょうの料理』がテキスト企画で加工食品や総菜にひと手間加える提案を行う、1990年に創刊されて人気を博した『すてきな奥さん』(主婦と生活社)が加工食品を使ったレシピを盛んに紹介するなど、ある意味本末転倒な企画が登場したほど、手をかけることに対する信仰は強かった。