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手抜き料理に罪悪感を感じるのはなぜ? 主婦を苦しめる“手料理信仰”が生まれた理由

『何が食べたいの、日本人? 平成・令和食ブーム総ざらい』より #2

2020/11/16

2018年に刊行された画期的な料理本

 また2018年には、フランスの流行にヒントを得た『並べて包んで焼くだけレシピ』(上田淳子、主婦と生活社)も刊行された。原寸大に印刷された型紙に合わせてカットした素材と調味料をクッキングペーパーに並べ、包んでオーブンなどで焼く料理を紹介する。つくり方を読み込まなくてもつくれるレシピの登場は、画期的だった。

 実は料理を幅広い人たちに教える通常のレシピには、いくつかの欠点がある。一つは、あらかじめきちんと読んでおかないと大事なプロセスを読み飛ばしてしまう危険があること。二つ目は、「フツフツと沸いてきたら火を止める」といった、独特の言い回しを理解する必要があること。つくり手には、時短レシピを読んで新しい料理を試みること自体が、わずらわしく思えるときがある。しかし同書の場合、見てわかるのでその手間がいらない。ボウルなどの調理道具も汚さないで済む。調理の途中で調味料を投入する際、あわてて失敗する危険も回避できる。そして加熱時間は長いものでも15分しかかからない。

 平成の初め頃にも小林カツ代のものを中心に時短レシピが流行っていたが、今のものに比べると手間がかかるものが多かった。何しろ、昭和時代にロールキャベツやグラタンといった手間をかける料理が流行った後だ。小林のレシピは、ワンタンスープのワンタンの皮と中身を別々に入れる「わが道を行くワンタン」といった、もともと手間がかかる料理が中心。その他、肉の替わりにシーフードミックスを使うカレー、フライパン一つでできる料理などが流行した。『きょうの料理』では、当時一般的になってきた電子レンジやスピードカッターを使うレシピも、くり返し提案されていた。

 2000年代は時短が目立たなくなったものの、一つの鍋で二つ、三つの料理を同時進行させるといった時短レシピなどを次々と提案する奥薗壽子(としこ)が人気を博し、時短の潮流は続いていた。

生活様式の変化が時短ブームに拍車をかけた

 2010年代の簡略化したプロセスは、そういう意味で1世代かけてたどり着いた革新とも言える。しかしなぜ、平成にはこんなに時短レシピが流行ったのだろう。

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 一つはもちろん働く女性がふえて、時間の余裕がないなか食事の支度をする人が多くなったことが理由だろう。もう一つは、専業主婦が主流の時代に、料理に手間をかけることが当然となった潮流を変えるのに、時間がかかったこと。高いレベルを正しいとした風潮を変えるのは難しい。つくり手はもちろん、食べ手も、単なる簡略化ではわびしく感じるからだ。

 これは私自身が長年主張してきたことだが、料理は日替わりでなくていいし、一汁三菜である必要はないし、手間をかけることが正しいわけでもない。栄養のバランスを考えることは必要だが、一食一食が完璧なごちそうである必要はないのだ。シンプルな食卓の日常と、手間をかける週末やハレの日といった使い分けでバランスを取る方法もある。料理に追われて家族と一緒に過ごす時間がなくなったり、疲れ果ててしまうとしたら、いくら理想的な食卓を整えても幸せにはなれない。その考えが共有されるようになってきたは、いい時代が訪れたと言えるのではないだろうか。