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死刑への反駁

 そんな書簡が届くようになって、2カ月が過ぎた時だった。

 東京地裁で彼の公判が開かれ、検察官による論告が行われた。

 検察官は躊躇うことなく、池袋の通り魔に死刑を求刑している。

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 その2日後、再び彼からぼくのところに手紙が届いた。

 そこには、死刑を求刑されたことについて、冒頭からこうあった。

 【私は求刑で死刑になりましたけど、今の日本や世界の社会の状況で私が死刑なんてないと思います。検察官が平気で私に死刑の求刑だすのだったらキリスト教徒の人達や他の人にも同じように刑を出すし、外国政府もキリスト教徒の人達も他の人もみんなカンカンになっていると思います】(H13・8・24消印)

 自分に死刑などあり得ない、そういうのだった。

 それも、自分勝手に、独り善がりでいうのではない。いまの日本、世界の状況に照らして、あってはならないことだと主張する。

 さらに文面は、こう続く。

 【私は参考書を読むのをやめて時間を使って、手紙ばかり書くことにしようと思っています(手紙を送る人が他にもいるので、青沼さんにもまた手紙を送ります。)。私は控訴、上告しようと思っています。】

 参考書とあるのは、彼はこの前の書面で、大検を経ての大学受験を真剣に考えていることを告白していた。そのための勉強を拘置所の中ではじめていたのだ。

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 【あと高校中退したのは親の借金があったからです。あと、いろいろありますけど、とりあえず公務員になるつもりはありません。】

 そうも言い訳していた。

 自分が死刑になるなんて、考えてもいなかったのだろう。

 そこに突き付けられた死刑に、彼は反駁していた。

 自分を取り巻く環境がおかしいのだと見ていた。

私が見た21の死刑判決 (文春新書)

青沼 陽一郎

文藝春秋

2009年7月20日 発売