「違うで。これは縁結びのおまじないで、願いが叶ったら自分でほどくんやって」
「ふうん、それならお手軽やな。ちょうだい」
もらった紐を手に巻きつかせると、指を伝うその赤は、よりくっきり鮮やかに見えた。
「結んであげる」
朱村さんは私の足元にしゃがみ込むと、左足のソックスをずり下ろし、すねにゴムの跡が強く残るその足首に、赤い紐を固結びして、紐の尾の余った部分を眉毛用のハサミで切った。
「久乃って呼んでいい?」
私の足元にしゃがんだままの彼女が、こちらを見上げて聞いた。
「うん、いいよ」
私も綸って呼ぶ。
思ってるのに口で言えないでいると、察したように綸が笑顔になり、自分の足を私の足の隣へ持ってきた。
「ほら、おんなじ。でも赤い紐を素肌に直接まくと、ちょっとこわいな。ナイフで切ったみたいに見える」
「そうかな、私にはそんな風に見えへん」
「うち、傷口とかこわいねん」
「変なもんがこわいんやなぁ」
「久乃はなにかこわいのある?」
「うーん。生肉で作ったバラかな。高級料理店で大皿に咲いたみたいに盛られてるの見たときこわかった。肉の花びらやのに綺麗ってこわない?」
「ううん、おいしそーって感じ」
焼肉でも思い浮かべたのか綸の顔がとろけて、私は笑った。
校門へ続く下り道を歩いていると、野球部員たちが大きなスポンジを使ってグラウンドの水取をしていた。連日雨が続き、今日からようやく晴れだした。もうすぐ開催される運動場での球技大会も決行されるだろう。
学級旗を作ったり、球技大会ではクラスごとの成績で順位が決まったりと、クラス単位での競争心をあおる行事が多くなってきたけど、あんまり興味が持てない。学級旗に書いてある“見せつけよう! 1年2組の底力”なんて気持ちは、私のなかに一つもなく、自分が一年二組に属している自覚もない。運動部に入っていたら、団結心の大切さとかを学べたのだろうか。
男の人の怒鳴る声が聞こえる。グラウンドに張りめぐらされた球飛び防止用フェンスに、高校の制服を着た男子たちが数人たまっている。野球部員たちをののしっているのかと思ったが、「オイ出てこいや!」と遠くにある校舎に向かって口々に叫んでいる。このまま校門を出ると、学校の外の通学路にいる彼らの脇を通り抜けなければいけない。イヤだなと思ってその場に立ちつくしたら、同じように考えたのか、数人の下校中の生徒たちも中途半端な位置で立ち止まってた。
「前田、出てこいや! オレらがしめたる!」
“前田”は多分美術の先生で、私も授業を受けている。彼らはこの中学の元生徒なのかもしれない。運動場にいる体育の先生も、在校生ならすぐに注意するはずだけど、卒業生だとどうすればよいか迷うのか、なにもせずに彼らを見ている。