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「なんでルーソー履かへんの?」――綿矢りさ「激煌短命」第三回

2020/11/30
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 伸ばせば太腿の付け根位までの長さのある真打ち“スーパールーズ”まで登場した。もちろん校則違反だったが、だるだるの靴下に向けられた女子たちの熱狂はすごくて、ルーソー関連については教師たちももう諦めモードだ。私は校則通りの、真っ直ぐのハイソックスに、膝を隠す長さの丈のスカートだったけど、みんなのルーソーが一体どこまで伸びるのか興味があった。

 種類も豊富で、タイヤメーカーのミシュラン社のキャラにそっくりな段段タイプと、溶けかけのソフトクリームのようなふんわりした質感で足首に垂れ下がるタイプとで、人気が二分していた。

 どちらのタイプであっても、はくだけなら重みでずり下がるのは間違いない。だからみんなはピンクのキャップのソックタッチをぬって、靴下をふくらはぎにのり付けしていたけど、朱村さんはずり下がり防止に、さらに靴下の履き口のすぐ下に赤い紐を巻いてアクセントにした。

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 授業が終わる度にソックタッチを塗り直していた女子たちにとって、ソックスの上から紐で固定するのは画期的なアイデアで、編み出した朱村さんは尊敬されていた。

「そやろ! ひも、まだ余ってるから悠木さんにも巻いたげる」

「私はいいよ、ハイソックスでずれへんから。あと先生に見つかるのもこわいし」

「そう? こっちおいでよ」

©iStock.com

 一緒に教室へ入ると彼女は、透明のビニール素材にたくさんの星が描かれたペンケースから、丸く巻かれた長く赤い紐を取りだした。

「親せきのおばちゃんがくれてん。台湾のお寺のお土産で、足首に巻くと運命の人に出会えるんやって」

「足首? 小指やなくて?」

「うん、そうゆってた」

「へえ。切れると願いが叶うんかな、ミサンガみたいに」

 小学四年生の頃Jリーグが開幕して、応援歌といっしょに選手たちが手首に巻いたカラフルなミサンガが流行り、多くの子が真似して身につけていた。はじめはみんな市販のものを買っていたけど、とちゅうからハンドメイドが流行って、編み方もどこかから伝来した。昼休みになると女子たちが色とりどりの何本かの紐の先を机にセロテープで貼りつけて編むのが、見慣れた光景になった。

 大半の子たちがファッションより“ミサンガが自然に切れたら願いが叶う”というジンクスの方に着目して、小学生にしては結構苦労しながら、食事するときも風呂に入るときも、ずっとつけていたけど、ミサンガほど丈夫な紐はこの世にないんじゃないかと思うほど切れなかった。見た目からして頑丈に編んだ組み紐で、ずるをして思いきりかんだり、とがった場所にこすりつけたりして痛めつけたが、それでも切れなかった。