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母は自殺、父は暴力

 もう、そののっけから弁護側の主張は混乱していた。

 事件を起こす前月に高校を卒業し、4月に地元の水道整備会社に就職したばかりだった。ところが勤めはじめて2週間で、会社に風邪だと嘘をついて欠勤する一方、家族には出勤を装い、作業着を着て家を出るようになる。この日もそうだった。そこで彼のはじめたことを、冒頭陳述の中でこう説明する。

「仕事に行けない自分、やることもなく独りぼっちの自分、そこで被告人は時間つぶしのための遊びを思いついた。それが、アパートを戸別に回り、玄関ブザーを押して、下水の検査に来たと言ってトイレの水を流させるという、ピンポンダッシュに似た遊びであった。それは仕事のまねごと、つまり、ママゴトであった」

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©iStock.com

 被告人の実母は彼が中学一年の時に首吊り自殺をして他界していた。原因は度重なる父親の暴力だとする。そこに起因する精神的未発達。だから、被害者に襲い掛ったのも、

「被告人が居間の入口に立ったとき、そこに被害児を抱え座椅子に座っている被害者を見た。それは被害者でも被害児でもなく、まさにそれは、亡くした母親と2歳年下の弟であった。そこは、十数年前に存在した異空間であった。被告人は、当然のように母親に抱きついた。『僕も入れて』と、母親と弟の中に加わっていったのである」

 そういって強姦目的を一切否定する。

 被告人も、この時の状況を、

「たいへん申し訳ないのですが、頭を撫でてもらいたいという気持ちでした」

 と、語っている。それから、

「弥生さんの後ろに回りました。その後、抱きつきました」

「性的なものは期待しておりませんでした」

 しかし、抱きつかれたほうはたまったものではない、抵抗する。繰り返し抵抗を受けるものだから、必死になって相手を押さえつけた。そのうち、抵抗が止む。その時、気が付いたら、自分の右手が相手の顎の下に入って、首を絞めた状態にあった。だから、殺す気など毛頭なかった、という次第だった。

 では、なぜここから姦淫行為にたどり着くのか。

 そのストーリーも、ある意味で秀逸だった。