被害妄想に陥る人も少なくなかった
一方、安倍政権を支持しない人々は、一連の公文書の改竄・隠蔽といった報道ベースの事実に伴う怒りや反発を超えて、安倍政権が現在の日本を根底から腐敗させている諸悪の根源としての認識を強めていきました。安倍政権を少しでも擁護しようものなら、「ネトウヨ」の一味とされたのです。こうした左翼界隈に蔓延していた陰謀論は、その過大評価の極端な例といえます。違法薬物による大物芸能人の逮捕のタイミングが、野党の不正追及から注意を逸らすことを狙ったものだとか、自民党の衆院選での勝利は選挙システム会社とグルになった不正選挙の結果だとか、様々な風聞が飛び交いました。
このような被害妄想的な発想に陥ってしまいがちなのは、やってる感政治というプロパガンダに安らぎを見出す人々と同じく、自分たちが抱える「生きづらさの問題」と「社会の問題」を安易に結び付けてしまうからです。これは不全感や不幸感といった個人的なものを、いわばすべてが政治の瑕疵によってもたらされたものだと確信することに他なりません。
筆者がこの着想を得たのは、実はテロリズムに関する文献からでした。
安倍政権下で加速した分断と孤立
世界中で荒れ狂うイスラム過激派などのテロリズムを説明するために、宗教学者のマーク・ユルゲンスマイヤーや、レザー・アスランは、「帰属意識(アイデンティティ)をめぐる闘い」としての「仮想戦争(コズミックウォー)」という概念を提唱しました(マーク・ユルゲンスマイヤー『グローバル時代の宗教とテロリズム』立山良司訳、明石書店/レザー・アスラン『仮想戦争 イスラーム・イスラエル・アメリカの原理主義』白須英子訳、藤原書店)。これまで敬虔なムスリムではなかった現代の若者たちが過激主義やテロ行為に走る根本要因にアイデンティティの危機があるというのです。地域社会に自らの野心を満たす居場所がなく、さりとて他に自尊心を救済する手段がない場合に、「別のアイデンティティ」を探すことは現実的な打開策になるというわけです。