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競輪一家

 ある記者がオリンピックについて関心はないのかと聞いたところ、平原はごくマジメにこう答えたという。

「あまり興味はない。頭の中にあるのは競輪のことだけ。競輪で強くなることを考えていたら、他のことは考えられない」

 物心ついたときから、自転車が身近にあった。平原の父親は元競輪選手。弟の啓多(埼玉)も競輪選手であるから、まさに競輪一家といえるだろう。

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 少年時代は野球にサッカー、陸上、水泳など、他のスポーツに興じていたと語るが、高校進学時に自転車を人生の伴侶に選ぶ。父は、特別目立つ選手ではなかったが、レースのない日も地道に体を鍛える姿勢が、康多のお手本となった。

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 自転車競技部のある埼玉県立川越工業高校に進学すると、在学中にジュニア世界選手権自転車競技大会に出場。高校トップクラスの実力をひっさげ、競輪学校に入学した。

 プロデビューは2002年8月、同じ日に初勝利も挙げている。わずか2年後にはS級に昇格している。2008年からはJKAが表彰するベストナインの常連に。後半の爆発的な捲りが平原のストロングポイントだ。

 競輪一筋というと無骨な印象を与えるが、インタビューの受け答えなど、スマートな応対と誠実な態度にファンの支持も厚い。昨今はナショナルメンバーの台頭が著しいが、「競輪のことを24時間考え続けている」という平原。歴代のレジェンドたちが畏敬の念を込めて呼ばれてきた「競輪王」の称号だけは譲れないと考えているに違いない。

 これまでにG1レースを7度制してきたが、まだ年末の「KEIRINグランプリ」には勝てていない。賞金1億円をかけた、ファンの注目度がもっとも高いレースだけに、ここで勝ちたい思いは人一倍強いだろう。過剰なリップサービスはしなくともグランプリに賭ける熱量の高さは、大きな背中からひしひしと伝わってくる。

 37歳という年齢も、体力以上に技術や経験がものを言う競輪界ではネックにならない。競輪の醍醐味が詰まったゴール直前での、平原を中心とした差し合いに、ぜひ注目してもらいたい。

競輪という世界 (文春新書)

轡田 隆史 ,堤 哲 ,藤原 勇彦 ,小堀 隆司

文藝春秋

2020年11月20日 発売