今年、日本を揺るがした黒川弘務元検事長の定年延長問題。その背後で繰り広げられた、官邸と検察庁との壮絶な人事抗争の全貌を描き出した『安倍・菅政権vs.検察庁 暗闘のクロニクル』が11月25日に発売された。著者の村山治氏は、数々のスクープを放った検察取材の第一人者だ。本書では2016年9月、政権の人事介入により法務事務次官に抜擢された黒川と、刑事局長に留め置かれた林真琴(現:検事総長)の2人の知られざる本心に肉薄している。今回はその一部を転載する。
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黒川・林の亀裂
黒川の(2016年9月の)法務事務次官人事を機に、黒川と林の間に亀裂が入った。国会対策や刑事政策、人事の相談で、刑事局長の林は毎日のように官房長室に顔を出し、黒川と打ち合わせをしていたが、黒川の事務次官起用が決まってから、ぴたりと顔を出さなくなった。
2人が一緒になる会合があっても、林はキャンセルした。その後、黒川が退官するまで2人が心から打ち解けて話をすることはなくなった。
林の気持ちを知っていた黒川は、自分が法務事務次官になったことを素直には喜べなかった。官房長を5年務めている間に、黒川ファンとも呼ぶべき分厚い人脈ができていた。政官界を回ると、行く先々で祝ってくれた。しかし、内心では困惑し、複雑な思いを抱いていた。
法務省の人事案では、官房長から地方の検事長に転出するはずだった。法務・検察部内では、認証官である検事長になるのは栄転だが、永田町や霞が関では、左遷と受け取る。事務次官が他の省庁では、事務方トップだからだ。
法務・検察は、検事の役所である。そこでは、認証官である検事総長がトップであり、認証官ではない法務事務次官は、東京、大阪などの高検検事長、次長検事の次ぐらいの「番付」なのだ。「検事総長にのぼり詰めるための通過ポスト」と受け止める幹部も少なくない中で、黒川と林は、法務事務次官になることにともに強い意欲を見せた。