「やはりそのことか」という顔をした老人
「戦争中の話? まあ、そんなところに座ってないで部屋に入りなさい」
思わぬ申し出に喜びを秘して、テーブルを挟み父親と向かい合った。
「部落の中をうろちょろしてたのはあなたかい。不審な男がいるから気をつけなさいって、役場に連絡しようかと思ってたんだよ。最近は振り込め詐欺だなんだかで物騒だからな」
人の気配はなかったが、集落の中を車で走っていた時点で目をつけられていたのだった。
「あなたは本当に取材で来たんだよな。何かちがうことでも考えているんじゃないのか」
老人の疑いの言葉に、思わず声を上げて笑ってしまった。名刺を渡すと、しばし見つめてから、
「うん。わかった」と言って、話を聞こうという姿勢になってくれた。
「人肉事件のことについて、当時を知る人にお話をうかがいたいと思いまして」
老人は、やはりそのことかという顔をした。
「何で、そんな昔の事件のことなんか追いかけてるのよ。大騒ぎになった事件だけどさ」
「戦争から70年以上が過ぎて、あの時代は遠い過去になってしまったかもしれませんが、今の時代では想像もつかない事件だけに、記憶のある方から話を聞いておきたいんです」
「事件のことを話しても、このあたりじゃ誰も喜ばないし、まだ関係者もいるしな」
老人は積極的に語りたそうでもなく、かといって完全に拒絶しているわけでもなかった。
「村の人からしてみれば迷惑な話ですよね。これは私の勝手な気持ちなんですが、どうしてもあの事件を目撃した人に話を聞いてみたいんです。ただ、そのためだけにここへ来たんです」
「そうか、ここで話を聞いたってことは、誰にも言うなよ」
老人は心を決めたようで、湯呑みに入った茶を口に含み喉を湿らせてから、語りはじめた。
終戦直後、警察官が土をふるいにかけていた
それは彼が少年だった頃のことである。
「山から下りてきたら、おトラさんの家のところで警察官が土をふるいにかけているのがちょうど見えたんだよ」
山で薪拾いを終えて山道を下りてくると、普段は見かけない光景を目にした。何人もの警察官がおトラさんという17歳の少女が暮らしていた家のまわりの土を掘り起こして、何かを探しているのだった。終戦から3カ月ほどが過ぎた1945年11月のことだった。
「事件なんて滅多にない村だから何やってんのかなぁって思ったんだよ。そうしたら、おトラさんのことを母親のお龍さんが食べちゃったらしいって噂が村中に流れて、驚いたんだ」