午前3時に漁船へ乗り込む非日常
11月某日。時刻は午前2時半。頬にピリリとした冷気を感じながら早朝の……いやそう呼ぶにもいささか早すぎる漁港に到着した。
丑三つ時も終わらぬ内だというのに、番屋からは灯りが漏れている。その周辺をゴム引きのカッパに身を包んだ漁師たちが行き交い、海辺には静かな活気が漂う。
やがて今回乗船する「第二海幸丸」が煌々と灯りを灯して接岸してきた。これから、これに乗るのか。……なんというか、完全なる漁業者たちの世界である。非日常感に包まれる。
ストーブの焚かれた番屋で乗船名簿に記入し、見学者用のライフジャケットが配られる段階でようやく実感が湧きはじめる。
生活と命をかけて働く漁師たちの仕事場に身を投じるのだと思うと、不安なような楽しみなような。このソワソワする緊張感、たしかに普通の観光では味わえまい。
和気藹々としていて穏やかな漁師方
午前3時。暗闇の中、船に乗り込む。出船前に漁師さんたちによる注意事項や船上設備のレクチャーを受ける。
ところが意外にも……と言ったら失礼だろうが、十数名の漁師方はみなさん和気藹々としていて穏やかである。手際良く作業を進めながらも、質問にも笑顔で答えてくれる。
一本釣り漁など1分1秒単位での時合や手返しが水揚げへ致命的に影響する漁種では出船前から船全体がピリピリした空気に包まれがちなものである。
だがこの船では観光客として体験乗船していてもそうした居た堪れなさを感じることはない。
この落ち着いた雰囲気は「網から魚が逃げない」「魚が傷まない」ことがほぼ確定している、定置網漁に特有の余裕によるものかもしれないと感じた。
安全確認を終えるといざ出船。暗闇から飛んでくる向い風が心地よい。
周りを見渡しても未だ景色は見えないが、同じく港から走り出てきた船たちは目につく。どうやらいずれも定置網漁船らしい。七尾湾には大小さまざまの定置網がそこかしこに設置されているのだ。
七尾湾は深くえぐり込んだ地形ゆえに「天然の生簀」とでも言うべきすぐれた漁場となっている。
複数の潮流がぶつかり合う立地も年間を通じて多様な魚を呼び寄せる一因であろう。このように常に魚が豊富な海域でなければ定置網漁は成立しない漁法なのだ。
なお、その数ある定置網群でも鹿渡島定置の保有する網は最大級のものらしい。