「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」

 川端康成が『雪国』で描いたように、入口と出口でまるで違った景色が見えてくるというのはトンネルの持つ代表的な魅力の一つだ。

 石川県七尾市の北東部に位置する崎山半島・湯川町の山裾で見つけたトンネルにもそうした魅力があった。内部に一歩足を踏み入れると、ゴーッと音を立てて流れる水の音がトンネル内で反響していて、外の音は一切聞こえない。それまでの世界と切り離されるかのような不思議な感覚が呼び起こされる。

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湯川町で出会ったトンネル。壁面には手掘りの跡が見てとれる ©文藝春秋
内部は暗く、探索するためにはライトが必須 ©文藝春秋

 ザラっと、そしてヌメっとした壁伝いに内部を進んでいくと“異世界”感はさらに増す。聞こえるのは水の響きと、長靴が水面を叩くバシャバシャという音。ひんやりとした空気が静謐な雰囲気に拍車をかけ、荒んだ精神が浄化されるようだった。

 こうした幻想的な外観、荘厳な雰囲気といった魅力もさることながら、地元住民によると「あれは湯川の地域に無くてはならないトンネルだった」という。俄然興味が湧いた。

地元住民の生活を支え続けた“鉄砲ぐり”

「江戸から明治にかけて工事をして、完成したのは明治30年(1897年)頃。この辺りも昔は人がたくさん住んどって、米をつくって家族をしっかり食べさせなきゃいけんかったわけよ。農地開発で残された用地も田んぼにしないといかんということで、どうしても用水路が必要だった。そこでつくったのがこの“鉄砲ぐり”」(地元住民)

 近くを流れる崎山川を取水口に、町中に広がる田んぼに水を引く用水路のためにつくられたトンネルだという。崎山地区ではこのトンネルのことを“鉄砲ぐり”と呼ぶ。

豊富な水資源は現在も地域の稲作になくてはならない ©文藝春秋
鉄砲ぐりの中は水音が響いて心地よさを感じる ©文藝春秋

 工事を担当したのは、金沢市内、そして兼六園を流れる日本四大用水のひとつ「辰巳用水」を掘削した宝達(現・宝達志水町)の技術者たち。彼らが人力で泥岩を掘り進め、“鉄砲ぐり”を完成させた。

 宝達の技術者によって生活に必要不可欠な用水路を確保できた経緯から、現在も崎山地区では土木工事のことを「ホーダツ(宝達)」という文化が残っているという。

現在も用水路として活用され続けている

 湯川町の鉄砲ぐりには大小1つずつのトンネルがあり、メインの鉄砲ぐりは高さ・幅ともに2.5メートルほどで、全長は約100メートル。これだけの大きさのトンネルを人力で掘削したというのだから驚くほかない。もう一方は大人1人がなんとか通れるほどのトンネルとなっている。これらを総称して鉄砲ぐりと呼んでいるそうだ。

小さな鉄砲ぐりは大人1人通り抜けるのがやっと ©文藝春秋

 どちらも田畑に水を送る現役の用水路として活躍中。最盛期に比べて田んぼの数は減っているものの、現在も地域住民の稲作を支え続けている。