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「また、トンネルの壁を支える柱状の構造物『支保工』が木の状態で現存することは極めてまれです。木製だと20~30年ごとに更新しなければ朽ちてしまい、その更新に大きな手間・費用がかかってしまうので、現在ではトンネル自体が廃止されているか、コンクリートの覆工になって姿を消していきました。

此ノ木隧道の支保工は珍しい「合掌枠」 ©文藝春秋

 しかも、木製支保工は一般的に『鳥居式』や『三つ枠』と呼ばれる組み方のものがほとんどで、此ノ木隧道のような『合掌枠』となると…ただでさえ現存が珍しい支保工なのに、型式までもレア、スーパーレアです。

新潟県の鵜泊隧道(現在は使われていない)に残る支保工は一般的な「鳥居式」のもの ©山さ行がねが

 さらに、単なる現存ではなく、“現役”の道路トンネルであることが、レアさをブーストさせています。私はこれまで数千本の古いトンネルを見てきましたが、木製支保工を有する現役の道路トンネルは、他にいくつも知りません。

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 しかし、既にこの隧道を建設した目的である耕地は利用されておらず、今後の維持について大きな不安を感じます。

 道路トンネルの古い風景を今に伝える貴重な存在として、今後何らかの保存が講じられる可能性はあるのか、それとも自然の成り行きに任せられるのか。個人的な感想として、保存が行われれば今のようなナマの道路としての魅力は失われるでしょうが、それで今後も末永く隧道が地域の役に立つならば、望ましい未来だと思います。それが、地域の幸福のために苦労して隧道を掘った昔の人々の思いに応える――ということに繋がるのではないでしょうか。

 いずれにしても、私の大好きな隧道の一つであり、こういうものと出会えたことは、とても嬉しいです」

今ある姿を見られるのはいつまでか…

 平沼義之氏が熱く語ってくれたように、此ノ木隧道の希少性は極めて高い。一方で今後の維持について不安が残ることも確かだ。日本全国にはおよそ1万本のトンネルがあるとされるが、その一部は人口減少をはじめとしたさまざまな理由により、現に閉鎖を余儀なくされている。

 今回紹介したトンネルもいつまでも見続けられる保証があるわけではない。今ある姿を見られるのはいつまでか…現存するうちに、地域の歴史が根付いた“異世界トンネル”を体感してみてはいかがだろう。

取材協力=崎山半島渚泊推進協議会、崎山地区コミュニティセンター
写真=深野 未季/文藝春秋