当時の人々が共産主義にひかれた10のパターン
さらに同書は検挙された人々の手記の内容から共産主義にひかれた思想の推移を分類している。主なものを要約して挙げる。
(1) 交際範囲の中でも新聞雑誌でも、社会においても階級の対立、貧富の差の甚大、失業、自殺などが話題になり、私の目についた。マルクス研究に至った動機の一つはここにある(時代思想の影響、社会問題への関心)
(2) 高校時代から学者的な生活と創作家として立つ心持ちがあり、芸術至上主義の態度を持っていたが、芸術が人間の心理と人間の生活を反映する以上は、その人間生活の把握が必要になると考えるようになった(芸術至上主義に対する疑問)
(3) ルーズな生活をしながら、人道主義的な立場から社会的な矛盾を痛感して悩んでいたが、「社会問題管見」「貧乏物語」(いずれも河上肇著)を読んで引きつけられた(児童主義的立場よりの社会批判)
(4) 現在の社会のさまざまな矛盾、欠陥に目覚め、万人の幸福を実現したいと考えた。自然に社会問題の具体的知識を得ることに注意するようになった(社会的諸矛盾の意識)
(5) 裕福な家庭に育ったが、父が商売に失敗。苦労して高校に入り、社会は完全なものではないと意識するようになった(社会の不完全性意識)
(6) 貧しい人のことが脳裏から離れず、ただ金があるだけで、なぜ人格上の差別を生じるのか、人道的義憤に燃えていた。その感情を合理化する有力な武器としてマルクスを選んだ(人道主義的立場よりの無産者への同情)
(7) 貧しい家に生まれて身分不相応な教育を受けてきたが、親しい同級生が社会科学を研究しているという理由で退学を命じられ、その擁護運動を通じて左翼的傾向の学生に接近した(生活環境と交友の影響)
(8) 大学入学後、開いてくれた歓迎会に出席したところ、先輩から同じ高校の卒業生が作っている会が主になって、週1回ぐらい集まって雑誌論文などの批評をやっていると誘われたので会に入った(左翼学生の誘導)
(9) 最初はただ好奇心から社会科学の一般知識を知ろうとしたが、現代社会で奴隷的に売買されている芸娼妓などの欠点が見いだされたので、一層勉強しようと考えた(社会の矛盾意識と好奇心)
(10) 高校に入って愉快な学生生活を送っていたが、偶然「惜みなく愛は奪ふ(う)」や「小さき者へ」など有島武郎の作品を読み、ブルジョアジーに依存するインテリの行き詰まりを感じた。その後「史的唯物論」(の本)を読んで自分の間違いを知った(思想的行き詰まりの打開策)
靖子はどのケースに当たるのだろうか。