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2020年の言葉

2021/01/01

総理と官房長官で異なる「政治の風景」

 しかし時がたつにつれ、二人の見る政治の風景は少しずつ異なってくる。安倍さんは総理として政治の階梯を一つ一つ登り、その風景がどんどん広がり、眺望がパノラマ状に開いていく。総理に化けられる政治家は、だからこの国の未来を、世界の中の日本を語れるようになるのである。

 だがスタートラインを共にするとは言え、官房長官は様々な政治の風景を独自に作り込んでいく。三木総理に対する井出官房長官は、一歩退きながら総理の存在といかに共に駆け抜けるかの存在であったし、中曽根総理に対する後藤田官房長官は、時に総理にモノ申すという、総理との距離感をとる存在であった。橋本総理に対する梶山官房長官は、情報収集の中で自らが総理より出来るという、上昇感覚をもった存在になってしまった。

官房長官・菅義偉との「すみ分け」がうまくいった安倍前総理 ©文藝春秋

 菅さんはどうであったか。官邸に日常の行政をどんどん取り込み、課題の早期解決を自らの官房長官の存在理由とした。その際、菅さんは、自らの命令権にこだわり、同時に任免を事とする人事権を重視した。この二権をもってすれば、行政は省庁の壁を乗り越え、いたずらに時間をかけずともスピードアップできるとの確信を抱いたのだ。

 総理が上へ上へ登っての風景を眺めるならば、官房長官は横へ横へ、時には下をも射程距離に入れながら、政治の風景を広げていく。横と下ならば、上を只管めざす総理とのすみ分けはみごとなくらいうまくいく。

 しかも横と下ならば、政治の言葉に苦労せずとも、短い言葉で言質をとられぬ言い方に徹すれば、それですんでしまう。ましてや在任期間8年に及ぶともなれば、存在そのものが、あれこれ言葉による説明を必要としなくなる。何を言おうが言うまいが、昨日、今日、明日、官房長官であることに変わりはないのだから。

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