将棋はプロだけのものではない。多くのアマチュアがそれぞれの立場で将棋に打ち込んでいる。中でも大学将棋は、団体戦を重視する独特の文化を持ち、オーダーなど戦略を練りながら戦っている。
今回、大学将棋トップの一角、東京大学将棋部の3代の主将を取材した。元奨励会5級で、3年前の朝日杯将棋オープン戦では藤井聡太二冠と対局した経験もある4年生の藤岡隼太さん。元奨励会2級で、藤井二冠の兄弟子でもあった3年生の伊藤蓮矢さん。そして、今年の朝日杯でプロ相手に3勝を挙げた2年生の天野倉優臣さんの3人だ。
まずは、コロナ禍で行われた全国大会出場をかけた戦いと、藤岡さんが同じ将棋センターで育った、黒田尭之四段、山根ことみ女流二段とのエピソードを紹介する。(全6回の1回目、#2へ続く)
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大学将棋の「王座戦」といえば
換気のために開けた窓から入った風がブラインドを揺らす。東京大学将棋部の主将、伊藤蓮矢さんは将棋大会の会場でコートを着た。2020年12月6日、関東の7大学の将棋部が団体戦の全国大会「王座戦」の切符2枚を争うために集まった。
例年なら、もっと多くの大学が応援の部員も含めて集まるから、会場はごった返し、冬でも暑いくらいだ。今年は感染防止のため、出場校数も1校あたりの入場人数も厳しく制限され、「密」になっていない部屋は少し寒かった。
「王座戦」というと将棋ファンは永瀬拓矢王座がタイトルを持つ、プロ棋戦を思い浮かべるだろう。しかし、大学将棋に関わった者にとって「王座戦」は、年末(今年は12月25~27日)に三重県四日市市で行われる7人制の大学対抗の団体戦だ。正確には「学生王座戦(全日本学生将棋団体対抗戦)」。大学将棋は団体戦が重視され、7人という層の厚さが必要になる王座戦は多くの大学が最大の目標に掲げる。
プロの団体戦はAbemaTVトーナメントが人気を博したけれど、もともと団体戦はアマチュアの文化。チーム全員が横に並んで相手チームと一斉に対戦する。
自分の時間を使い切ったら負け
この日は7チームのトーナメント戦。8チーム参加の予定だったが、1校は大学から対外試合の許可が出ず棄権。東大は準決勝で東京工業大学に5-2で勝って王座戦出場を決めた。決勝は、関東で最大のライバル早稲田大学だ。準決勝と決勝の間に、運営を担当する学生が盤駒に消毒液をかけて拭いた。
その間、東大チームは14人の登録メンバーのうち、どの7人を決勝に出すか相談。「副将が伊藤、三将が天野倉。相手のエースもこの辺に出てくるから、そこで勝とう」「1年生も出しておきたいから……」。小声なのは感染対策ではない。一方的にオーダーを知られたら、相手校に有利なオーダーを作られてしまうからだ。対局5分前。伊藤さんはコートを脱いで、ブルーのシャツの袖をまくった。この日は、対局時間も例年より大幅に短くなって「25分切れ負け」だった。少しでも動きやすいほうがいい。
決まったオーダーは両チーム同時に開示し「大将・藤岡4年、副将・伊藤3年……」と読み上げ、誰と誰が対戦するか、オーダー表に書き込んでいく。大将から七将まで席につくと、運営の学生が一人ずつ手に消毒液を吹きかけた。そして一斉に対局が始まった。向かい合う東大生と早大生の間には、下が15センチ開いた透明の仕切りが置かれていた。
「切れ負け」は将棋ウォーズと同じく自分の時間を使い切ったらあと1手で詰みだろうが負けだ。最後は、どの対局も時計の叩き合いになり、4-3で早稲田の勝ち。朝日杯将棋オープン戦でプロ相手に3勝を挙げた東大将棋部部長の天野倉優臣さんは逆転負けだった。
「エース対決を落とし、チームが負けてしまい責任は痛感しています。でも、『今日は切れ負けだったし気にするな。王座戦で頑張ろう』と伊藤さんに言われましたし、チームに暗さはありません」(天野倉さん)