ワンパンチ入れることも可能ではないか
藤岡さんは、先輩に序盤の作戦を相談する。先輩たちは張り切って、アドバイスをくれた。実は藤岡さん、序盤が苦手で「これ」という得意戦法がなかったのだ。
「松山将棋センターは、序盤より終盤重視で詰め将棋をたくさん解かせる方針でした。僕は奨励会に入るまで四間飛車一本でした。山根さんもプロになるまでそんな感じだったと思います。奨励会に入って勝てなくて、他の戦法も勉強し始めましたけれど、固まる前に退会してしまったのです。藤井四段相手に自信のある戦法なんてありませんでした」
東大将棋部には、部員の研究を共有するデータベースがある。近年はソフト研究も盛んで、研究ファイルは日々アップデートされている。そのデータベースに収録されている「藤井システム」の研究を丸暗記すれば、序盤でそう悪くなることはないはずと先輩に言われ、データベースを見た。そこには膨大な変化が研究されていて、10日で覚えきるのは無理そうだ。最初は「なんとか一発入れられないか」という方向でアドバイスをくれていた先輩たちも「隼太の対局なんだから、好きなようにやるのが良い」という話に収束していった。
藤岡さんが選んだのは先手なら雁木、後手なら4手目3三角戦法。学生名人戦では力戦調の将棋で勝ち進んだので、雁木なら力戦になりやすく、ひょっとしてワンパンチ入れることも可能ではないかと考えたからだ。雁木に詳しいわけではなく、直前に雁木の戦術書を読んだ。藤岡さんは後に「浅はか過ぎた」とこの決断を振り返っている。
注目を集め、取材が殺到
主催紙・朝日新聞の紙面に藤岡さんと藤井四段の対戦を含めたプロアマ戦の組み合わせが発表されると、藤岡さんの状況は一変する。「マスコミが好きそうな組み合わせなので、僕が相手に選ばれたのかも」なんて思ったりもしたけれど、本当のところは分からない。藤岡さんと東大将棋部には取材が殺到。在京のテレビはNHK、民放の全局が来た。
「自分も先輩たちも舞い上がってしまいました。インタビューとか、どこかの道場に行って撮影とか毎日取材で、対局準備どころではありませんでした。先輩たちは、東大将棋部の宣伝になるかもと頑張って、テレビ局の要望に応えてくれて、助けられました」
あるテレビ局は、急ぎで将棋に関するクイズを作成して欲しいと要望してきて、先輩たちは無茶ぶりに応えてすぐにクイズを作ってくれた。しかし「採用されなくても謝礼はくれる」という話だったのに、なんの音沙汰もなかった。
「それ以来、テレビ局からの依頼には慎重になりました」(藤岡さん)