別のテレビ局は、密着取材させて欲しいという依頼で、大阪に向かうとき、藤岡さんを駒場キャンパスまで車で迎えに来てくれた。それはありがたかったのだけれど、対局当日の朝も撮影があって、用意されていた永瀬拓矢六段(当時。ABEMAの非公式戦「炎の七番勝負」で藤井四段に勝っていた)からのアドバイスのVTRを見せられてコメントを求められたり、勝つ可能性は何%か言わされたりと落ち着かなかった。
「お世話になった恩返しが少しだけできた」
「テレビを見た人からの反響もすごくて、松山の将棋関係者が朝日杯出場を喜んでくれたのは嬉しかったです。奨励会は辞めてしまったけれど、お世話になった恩返しが少しだけできたような気がしました」
恩師の児島さんと、プロになっていた山根ことみ女流二段も喜んで、松山将棋センターで当日、大盤解説会を開いてくれた。
短い奨励会時代だったのに、当時幹事だった脇謙二八段が対局前のランチに誘ってくれた。棋士室で会った他の棋士にも、東大に入ったことを評価してくれるようなことを言われて、複雑な気持ちになった。
藤井四段の「一流の人のオーラ」
2017年6月17日午後2時少し前、関西将棋会館の「御上段の間」で、藤岡さんは先に下座に着き、藤井四段を待っていた。関西将棋会館でもっとも格式高い部屋で、藤岡さんは奨励会時代、入ったのは掃除当番の時だけだ。たくさんの報道陣が囲む。藤井四段が入室しフラッシュが光る。藤岡さんは息を飲んだ。少し前に穏やかな表情で他の棋士と談笑していたときと雰囲気が全然違う。凄まじいオーラを放ち、大人びた視線でこちらを見た。
「対局の内容よりも、そのオーラが強烈でした。中学生だけれど、これが一流の人のオーラだと。気圧されました」
藤岡さんは平静ではいられなかった。振り駒で先手に決まった藤岡さん、予定通り雁木を選択。思い切った手のつもりで指した手を藤井四段は正確にとがめてくる。持ち時間40分切れたら60秒は、大学の大会でよく採用されている慣れた持ち時間だ。大会で40分は余裕があったのに、藤井四段を前にしての40分は一瞬でなくなって、気が付いたら秒読みだった。
「まったくいい将棋は指せず、自分の序盤の甘さが出てしまいました」。藤岡さんは106手で投了、藤井四段はデビュー以来の連勝を27に伸ばした。