「初手合いは僕の負けで覚えています」
小3のときに伊藤さんは東海研修会に入った。藤井二冠は小1で同会に入会。最初はクラスが離れていたが、藤井二冠がどんどん昇級して伊藤さんが小6、藤井二冠が小3くらいでは当たるようになってきた。藤井二冠を負かして泣かれた記憶はないという。
「初手合いは僕の負けで覚えています。小学生で3歳差は大きいですから驚きました。でも小1で研修会に入るのがそもそも異常な強さ。僕は大きな大会で優勝できるようになったのは小5くらいですが、藤井二冠は低学年の頃から活躍して逸材と有名でした」
伊藤さんは、研修会幹事だった杉本昌隆八段に師匠になってもらうお願いをして、小6の夏に奨励会試験を受けた。2日間にわたって行われる1次試験は受験生同士の対局で、6局のうち4勝すれば通過して現役奨励会員と対局する2次予選に進むシステムだった。伊藤さんは1日目を3連勝。しかし、翌日は胃腸に来る風邪をひき3連敗。
「あと1勝だったのに不合格でした。その時もそうですが、風邪をひきやすくて……」
奨励会に入ると「勝たなければ」という重圧が
研修会でA2までクラスを上げた伊藤さんは奨励会編入資格を得て、中1の5月に奨励会に入会した。3か月後、8月の奨励会試験に合格して同じ杉本門下になった藤井二冠は入会2か月足らずで5級に昇級し、6級のままだった伊藤さんを追い抜いていった。
「奨励会では思っていたより全然勝てませんでした。朝5時に起きて、伊勢から大阪に向かう近鉄特急で月2回の例会に通っていましたが、3連敗だったり負け越しだったりすると、帰りの車中、一体自分は何をしに大阪まで行ったのだろうと思いました。勝たなければという重圧もすごく、楽しかった将棋が楽しくなくなりました」
大技をかけてスカッと勝つような将棋は、小学生の大会ではできても奨励会ではできない。もっと地道に差を広げていくプロらしい将棋にシフトチェンジしなくては通用しないのに、伊藤さんはなかなか順応できなかったという。