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退会時には藤井聡太二冠が涙を流して…同門の“兄弟子”が東大に現役合格するまで

退会時には藤井聡太二冠が涙を流して…同門の“兄弟子”が東大に現役合格するまで

東大将棋部物語 #3

2020/12/22
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高校全国大会で3位に

 退会して、伊藤さんは将棋大会に復帰した。奨励会有段者は退会後1年間アマ大会に出られないが、級位者はすぐに出場が可能だ。大会に出るのが楽しみで仕方なかった小学生のときのような「将棋が楽しい」という気持ちを取り戻したいと思ったからだ。

 高校生の大会で元奨励会員は珍しくはない。とはいえ、級が上がるほど高校生では辞めないので、元2級となると話は別だ。全国優勝については意識していたのだろうか。

「同学年で、アマ名人戦などの一般大会で活躍したり、強い子がたくさんいるのを知っていましたから、簡単に優勝できるとは思いませんでした。優勝を目指して努力を重ねるというより、今までの貯金で戦えればいいかなという気持ちが近かったかもしれません」

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 東大を目指しての勉強と高校に入っても続けていた陸上、好きな読書、そして将棋大会。伊藤さんは忙しい高校生活を送りながら、高校全国大会で3位1回、予選通過が2回という結果を残している。

先輩たちから寄せられていた、入部への期待

 東大将棋部の後輩となった天野倉優臣さんとは、伊藤さんが高2、天野倉さんが高1のときに東京で行われた全国高校新人戦で出会った。天野倉さんは、伊藤さんが東大を目指していることを知っていて話しかけてくれたのだ。

「どうして東大を目指していることを知られていたのか謎です。奨励会を退会するときに、杉本門下関係の他に、東海研修会でお世話になった方にも東大を目指す話はしましたけれど、SNSで東大目指すなんて書いたことはないし、どこから広まったのか(笑)」

 2人はLINEを交換。伊藤さん入学の翌年、天野倉さんが東大に合格したとき、天野倉さんはすぐに伊藤さんにLINEを送ったという。

左から伊藤さん、天野倉さん、藤岡さん

 さらには「元奨励会2級の伊藤君が東大を受験する。合格しそう」という話は、伊藤さんが合格する前の、王座戦の打ち上げの各大学の合同打ち上げの席で、中部地区代表の名古屋大学のメンバーから東大のメンバーに伝わった。伊藤さんは受験する前から、東大将棋部の先輩たちに入部を期待されていたのだった。

「決して余裕で合格できそうなわけではなかったです。だから高3では将棋大会に出るのはやめ、受験勉強に専念しました」

 伊藤さんのように、入る前から東大を目指しているということが伝わるのは珍しい話ではない。同県や同じ学校出身の部員から「高校全国大会で×位に入ったことがある○○君が東大を目指している」という話はよく聞く。強い子には入学して欲しいから期待するのだ。残念ながら不合格で、ライバル大学に入学してしまうなんてこともあるという。

 私立のライバル大学には、高校全国大会上位者をスカウトして推薦入学させる制度があったり、付属高校の強豪将棋部からエスカレーター式での入学があったりするが、東大には難関の学力試験を突破しないと入れない。