藤岡主将の発案で「心鋼(こころはがね)」という大きな文字と東大のシンボル、イチョウの葉をあしらったチームTシャツを作った。
「諦めるな。滝行したのを思い出せ」
9月に行われる富士通杯は、その前に大学の夏休みがある。「1か月強化練習をしよう」という藤岡さんの掛け声のもと、毎日朝9時から駒場キャンパスの部室に集まって練習対局をした。それだけでなく、高尾山の寺に行って精神力を高めるべく滝行をした。白装束を着て滝に打たれ、お経を唱える本格的なものだった。撮影は禁止だったそうで、残念ながら写真はない。
5人制の富士通杯には4年生1人、3年生は藤岡さん1人、2年生は伊藤さん含め4人、1年生は天野倉さん含めて2人という若い登録メンバーで臨んだ。5回戦の京都大学戦で東大は2-3で敗れてしまう。また優勝は無理なのかとチームが落ち込んだとき、「諦めるな。滝行したのを思い出せ。と檄を飛ばしました」(藤岡さん)という。
優勝争いをしていた早稲田大学も北海道大学に敗れた。8回戦の立命館大学と最終戦の早稲田に勝てば優勝の可能性が出てくる。東大は立命館にも、早稲田にも3-2で勝った。立命館大学とチーム勝ち数8で並び、個人勝ち数合計の差で優勝した。9回戦フル出場だった伊藤さんは9-0で全勝賞にも輝いた。
「東大の久しぶりの全国優勝でした。みんなで目標を達成することができて、ああ、このために将棋をやってきたんだと思いました。大事な立命館戦で、自分の力を出し切って勝ってチームも勝つことができて、優勝に貢献できたことも満足でした」(藤岡さん)
「団体戦には人生を変えるほどの魅力がある」
藤岡さんは、藤井四段(当時)との対局の後、あるネットメディアのインタビューを受けた。そこで「将棋で勝っても負けても自分の人生は変わらない」という話をした。奨励会は勝ち負けで人生が変わる。けれど、アマに戻った自分にとって、将棋は人生を変えるものではないと思っていたからだ。
そのときと違い、藤岡さんは主将になった。自分の勝敗がチームの勝敗に関わる団体戦を何度も経験し、喜びも悔しさも分かち合ってきた。藤岡さんの1学年上の主将は「全国大会の団体戦には人生を変えるほどの魅力がある」と部員によく言っていた。
「今でも、将棋の勝敗で人生は変わらないと思っていますか?」と問うと、「富士通杯で優勝して、景色が違って見えたような、人生でそうそう得られるものではない体験ができました。プロになるために人生を賭けて将棋を指すのとは確かに違うのだけれど」と考え込む。
「僕はそれまでずっと、立命館戦で負けてチームの足を引っ張っていました。富士通杯ではそれを払拭できた。その気持ちの高まりは生涯忘れないと思います」
写真=末永裕樹/文藝春秋