動物園前駅から400メートルほどで、左右に金網が張られ、トタン板が打ち付けられた場所に行き当たる。1993年(平成5)に廃線となった南海天王寺支線の跡地だ。そこには、決まって、2、3人のおっちゃんが金網にもたれたり、地面に座ったりしている。その日は、靴や鞄やスポーツシャツの露店を広げているおっちゃんもいた。
「ねえちゃん、なんか探してるん?」
金網に貼られた「トビタシネマ」のポスターをメモしていた私に、缶ビールを手にした露店のおっちゃんが声をかけてくる。
「いや、寅さんやってるんや、思って」
とかなんとか答えたら、
「こいつな。NPOに世話してもろて住民票つくってもろて、(生活)保護受けて、アパートへ入っとったんやけど、『自由きかへん』て逃げ出してきよってんで。アホやろ」
と、すぐ前でワンカップをちびちび呑(や)っているおっちゃんのことを、なぜか私に言う。
「ねえちゃんねえちゃん、ええ服着てるやん」
最初に書くべきだったが、この商店街を“普通”のいでたち(パンツにセーター、ローヒールの靴とか)で歩くと、3回に1回は、知らないおっちゃんからなんらかの声がかかる。声の3分の1は「どこ行くの?」「何か探してる?」といった“親切”なような“ナンパ”なような声。ただし、その5分の1は「ヤらへん?」とストレートなナンパだ。もう3分の1は「(う)るっさいじゃぁ」「どけどけ」といったお怒りの声(こちらは静かにまっすぐ歩いているのだけど)、残る3分の1は、この露店のおっちゃんのように妙に親しげな話しかけだ。突然近づいてきて、「ねえちゃんねえちゃん、ええ服着てるやん。かっこええなぁ」などと、ほめちぎってくれるおっちゃんもいる。
界隈に通い始めて最初のうちは本当にびっくりした。だが、3とおりの声がかりとも、外から来た者への、「こんにちは」「やあ」代わりの単なるおっちゃんたちの軽い挨拶だと、ものの1か月で分かった。だから、露店のおっちゃんの突然の話しかけも、そう特異なことでない。
「自由きかへんって?」と私(すでに、ため口にはため口でのっけから返すべし、と学習できていた)。
「(生活保護を受けたら)何日かごとに、役所へ書類持っていかんなんねん」
「そうなんや。でも、それくらいしれてるやん」
「(書類に)字を書かなあかんの、きついからアオカンのほうがええねて」