知る人ぞ知る大阪市西成区の歓楽街「飛田新地」も2020年コロナ禍に見舞われた。

 飛田新地料理組合では4月から6月まで加盟店約160店を休業。2019年のG20大阪サミットの時期にも営業を自粛したが、長期休業は異例だ。現在ではコロナ対策をとりながら営業を再開しているが、コロナ以前の状況とは変わってしまったことも多いだろう。

 色街・飛田新地は秘密のベールに包まれた街ゆえにその窮状が大きく報じられることはないが、そこには懸命に生きる人々が確かに存在している。

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 ノンフィクションライターの井上理津子氏は12年に渡ってこの街を取材し、2011年に上梓した名著「さいごの色街 飛田」(筑摩書房、現在は新潮文庫に収録)で彼らの姿を活写している。その一部を抜粋し、転載する(転載にあたり一部編集しています。年齢・肩書等は取材当時のまま)。(全4回の3回目。#1#2#4を読む)

飛田新地にある、会席などが供される料亭「鯛よし百番」。近隣の料亭と違い、女性によるサービスなどはない。元々は大正時代に建てられた遊郭で、歴史的建築物として国の登録有形文化財に登録されている 撮影/黒住周作

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アルコールの臭いをぷんぷんさせたおっちゃんたち

 地下鉄動物園前駅を降り、御堂筋線の天王寺方向の改札を出る。北側は、通天閣がそびえ、串カツ屋が林立する新世界につながる出口だ。公衆トイレの前の地面に酔っぱらいのおっちゃんが座り、JR環状線の高架下に古着や古雑貨の露天商が並ぶ光景は、何度見てもギョッとする。

 が、そんなもの序の口だ。南側の出口を上がり、目の前にある動物園前一番街(商店街)に足を踏み入れると、さらに激しい光景が広がっている。

飛田新地からほど近い通天閣のお膝元「新世界」 ©iStock

 アーケードはある。が、薄汚れている。地面は、禿げたカラータイルと、それを補てんするコンクリート舗装で、2010年に改装されるまではでこぼこだった。両側に軒を並べるのは、安飲み屋のほか、時計店や洋品店やパン屋や中華料理屋など。ジャージーの上着をひっかけたおっちゃんたちが、昼間からアルコールの臭いをぷんぷんさせながら1歩進んで2歩下がっていたり、ママチャリに乗ってふらふらしたりしている。

 以前は、電信柱に「夜、水をまきます」「ここに寝るな」と書いた紙が貼られていたが、いつしか見当たらなくなった。

「おっちゃんらの口コミはバカにできんからね。『あっこはあかん』って、寝る人はおらんようになった」

 と教えてくれた洋品店主は、こうも言う。