督促女子のお客さま研究会
「そういえば私、この前、タコ部屋のお客さまから回収しちゃった!」
女子力の高い白いふわふわとしたニットと手に持ったビールのコントラストがまぶしい同期のA子ちゃんは、朗らかな顔でとんでもない単語を口に出した。
「タコ部屋!?」
私はビールを吹きそうになる。職場で絶滅危惧種に指定されるほど数が少ない「女子社員」だった私とA子ちゃんとは、よく二人で飲みに行った。仕事の後、冷たいビールを飲みながら女友達と仕事や恋愛の話をするのは唯一の楽しい時間だ。
督促をしていると、たまに人里離れた工事現場に「長期出張」しているお客さまに出会う。あまり詳しく突っ込んで聞けないのだけど、どうやら世間の違法な貸金業者からお金を借りるとこういった職場を斡旋されるらしい。
人里離れた山奥の工事現場で一日中肉体労働をし、プレハブ小屋で共同生活をおくる。お給料は日払いだけど、借金している分をあらかじめ引かれるため手元に残るのは煙草代くらいなんだという。あくまで噂だけど。
そういう場所にいるお客さまにはそもそも電話がつながらないし、督促状も届かない。だから連絡がつくことすらレアだけど、そういった状態のお客さまに入金してもらうのは輪をかけて難しいのである。
「今、山奥にいてさぁ、入金する手段なんてないんだよね」
A子ちゃんが電話をかけた50代の男性は電話口でそう言ったそうだ。ずっと通話停止状態だった携帯電話がやっとつながったと思ったら、いきなりの支払困難。
「うちのカードはコンビニでも入金ができますが、コンビニもお近くにはないですか?」
入金する手段がないと言いつつ、実はお金がないんじゃないんだろうか? なんてちょっぴり意地悪な詮索をしつつA子ちゃんは会話を進めた。
「んー、2時間くらい歩けばないことはないんだけど、俺、今、山の中の工事現場にいてさ」
(あれ? それって……)
そうして聞き出した結果、A子ちゃんはどうやらお客さまが噂のタコ部屋送りになっていることに気がついたそうだ。
「……いやぁ支払いできなくて悪いね、俺ホントにダメでさぁ」
そう言うお客さまの声にはあきらかに疲れが滲んでいる。A子ちゃんはすかさずたたみかけた。
「そんなことないですよ! お客さまはちゃんと電話に出てくださるじゃないですか! ダメじゃありませんよ!!」
女子力は不可能を可能にする
A子ちゃんの優しい声音に、お客さまは声を詰まらせた。
「なんか、若い女の子にそんなこと言われたの、久しぶりだな。……いくらだっけ、今度麓のコンビニに行ったらちゃんと入金するよ」
その後数日して、お客さまから数千円の振り込みがあった。ずっと連絡も取れず入金もなかったお客さま、A子ちゃんの女子力はそれすら動かしたのだった。
(さすがデキる女は違うな~)
督促していて女性というのは不利になることも多いけど、A子ちゃんはちゃんとそれを武器にしていたのだった。