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連載昭和事件史

2021/01/31

「粉乳2サジ、砂糖3サジと水を1日6回与えるだけでした」

 同じ1月18日付の毎日は「産院は“いい商賣(売)”」という見出しで東京都公衆衛生課の見解を紹介している。内容は驚くほど正直だ。

 現在都内に産婆は3480人おり、産院を開業しているものは昨年12月現在で768軒ある。しかも、その産院とは、産婆が助産の目的で妊産婦を収容、分娩させた後、数週間嬰児を保育する所をいうもので、産室、診断室などを備え、法規上では3人以上預かるものは許可を要するが、2人までのは、ただ所轄区役所へ届け出れば営業できることになっている。原則として他で分娩した嬰児を取り扱うことは板橋の都立養育院や済生会など、公営の乳児院以外にはできないことになっているが、慣例で見逃されて今日に至った。こんなことから、昨年1月の産院数567軒に対し同年12月には201軒も増加していることは、この商売のうまみを物語っている。産婆や産院が「男女児1歳から3歳まで貰度方有相談に応ず」などの広告や立て看板をすることは東京都令の「産婆及び産院取締規則」によってできないことになっているが、法律の不備や取り締まり制度の変更などで放置されている。都令ぐらいでは違法として取り締まることはできないのが実情である。

寿産院で生き残った子どもたち(読売)

 さらに同日付読売の「乳児院十ケ所を増設」という記事は当時の実情を説明している。「都立の乳児院は世田谷と清瀬村(当時)の2カ所で、収容能力はわずか200名にすぎないが、これに対し、母親死亡や生活難などの事情のため、乳児院に預けねばならない乳児の数は1万4000~1万5000名にも上り、これが都立の乳児院に収容しきれず、いきおい私設産院へ預けることになる」。

 そのため4月以降は都営乳児院10カ所の増設を計画。「緊急措置としては、私設産院及び、最近しばしば広告を出すもぐり産院を徹底的に調査して、設備不十分な産院の乳児は国立病院や小児科病院に収容する」という。

 読売の別項記事では、寿産院で働いていた女性が「子どもに与える食事は先生(みゆき)が厳格に量を決め、粉乳2サジ、砂糖3サジと水を1日6回与えるだけでした。この量は普通の子どもの半分です」と証言している。

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