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「スーッと来た球をガーンと打つ」だけではない…意外と“論理的”だった長嶋茂雄の打撃術

『燃えた、打った、走った!』より #2

2021/02/20
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 ミスタージャイアンツとして巨人ファンのみならず他球団のファンからも愛される長嶋茂雄氏。数多くの逸話を持つ人物だが、なかでも特によく語られるのが氏独特の打撃指導術ではないだろうか。「スーッと来た球をガーンと打つ」をはじめとした感覚的な指導は、時にスランプに陥った選手を救ったものの、多くの野球ファンにとっては抽象的でなかなか理解が追い付かないものだった。

 しかし、自伝本『燃えた、打った、走った!』(中央公論新社)を読むと、実は具体的な言葉で自身の打撃理論を構築していたことがよくわかる。ここでは同書を引用し、卓越したバッティングセンスを支えた長嶋茂雄流打撃理論を紹介する。(全2回の2回目/前編 を読む)

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ぼくのストライク・ゾーン

 40年2月。

 宮崎から移動して熊本の藤崎台球場でキャンプを張ったとき、大砲みたいなバカでっかい撮影機を運んできたグループがあった。

 熊本大学の形態学研究部の沢田教授たちのグループで、大砲みたいなカメラは1秒間に5万コマも撮影できる最新型の超高速カメラだった。

 ワンちゃんとぼくとのバッティングを撮影して、いろんな角度から分析してくれたわけだが、そのデータを聞いて、なるほどなあ、と感心した点が一つある。

 ワンちゃんはホームプレートの手前5.59メートルのところへボールがきた瞬間、バッティングの態勢にはいり、ぼくは5.22メートルで動作をはじめる。つまり、投げたボールをぼくのほうがよく見ていることになるのだが、実際に打つポイントはぼくのほうが20センチも前なのである。その差は時間にすると、何千分の1秒かのわずかなものだが、ワンちゃんはその分だけ手もとにボールを引きつけているわけだ。

 もっと分かりやすくいうと、ワンちゃんは投げた瞬間からパッとストライクとボールとを判断し、ストライクだけを打っているらしい。ぼくは最初から全部のタマを打ちにかかり、途中でボールと見たタマを捨てるタイプ。

 どっちがいいとか悪いとかではなく、要するにタイプがちがうのである。

クソボールを打っていくことが多かった

 ぼくの場合は、ちょっと考えられないようなクソボールを打っていくことが多かった。

 39年の4月末、中日の河村(保彦)投手からカウント2―3後のアウトコースにはずれる完全なボールを左中間にたたきこんだことがあった。

©iStock.com

 キツネにつままれたような顔でベンチに戻った河村に、柿本(実)は、

「あいつは化けものじゃけん。あの大根切りにかかっちゃあきらめるよりほかはない」

 と、慰めたそうだ。

 47年の7月にも、大洋の平松(政次)からカウント1―0後のアゴのあたりにくるアウト・ハイのボールをホームランにしたことがある。完全にボールと思えるタマを打ったことは数えきれないくらいだ。

 しかし、ぼくにいわせれば、これは大根切りではない。どんな場合でも打つべくして打っていたつもりだ。

 ストライク・ゾーンというのは、ホームプレートの幅17インチと、バッターのヒザの上からわきの下までのほぼ3フィートの空間をいう。ここにボールをぴったり並べたとすると、77個がおさまるそうだ。