「あなたの手を見せてください」
「中川被告は、極悪非道の行為をした。あなたは多くの人を殺した。多くの人を苦しませた。松本サリン、地下鉄サリンで殺された人、ひとりひとりの人生があった。あなたは、その命を奪った。多くの人を苦しめてきた」
そして、言った。
「あなたの手を見せてください」
中川は、照れ隠しなのか、いったん自分の目で確認してから、少しおどけたように両掌を身体の前に構えてみせる。
それを見て、滝本弁護士が続ける。
「あなたは、その手で多くの犯罪を犯した。その手で、坂本龍彦君を殺した。その手で、鼻を塞いで殺した……。
あなたは、私の友人、坂本堤を殺した。ああも簡単に殺した……。
都子さんを殺した。龍彦君を殺した。サリンまで作った。
私は、中川智正を許しません。もし、来世があるなら、あなたの来世でも、そのまた来世でも、許さない。それでも、君を死刑にしたいとは思わない」
そこから、教団におけるマインドコントロールについて触れ、その理由を述べる。死刑になるのは、教祖ひとりで十分だと言った。そして、
「自分と私のことを考えて、メッセージにしてください。あなたはそれをしていない。それをしてから謝罪の資格がある。形だけの謝罪なんていらない。見せかけだけの謝罪なんていらない」
それから、急に優しい口調になって囁く。
「あなたのことは、89年11月(坂本事件)から、ずっと気にかけていました」
そして、裁判長に向き直って、毅然と言った。
「以上のことから、中川智正には厳正な処罰を望みます。ですが、たとえ本人が望んだとしても、死刑にはしないよう強く望みます」
中川はぐっと顎を引いたまま、真っ赤な顔になっていた。身の置きどころを失っていた。