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「親戚が増えたんです」

 そこへ、家族や友人から、きちんと話したほうがいいというアドバイス、あるいは法廷で証言する最後の機会がこの時であるという進言を弁護人から受けたことがあった、と言った。

「それと……、私事ではあるんですが、実は最近、親戚が増えたんです」

 それは、どういうことなのか、と尋問が及ぶ。すると、

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「……私は子どもをつくれないけど、身内に子どもを生んだ者がいるんです。その子は私が何をしたかを知らない。おそらく一生会うことはないでしょう。むしろ会わない方がいい……。だけど、何十年か経って、身内の私のことを考えて、『この人はいったい何を考えてこんなことをしたのかな?』と理解されないのでは、残念な気がしたんです。言っていること、わかってもらえます?」

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 わかる、と弁護人が言う。

「自分は死刑になるとわかってて、人間の世界が終われば、別の世界に転生すればいいと思ってた。でも、私が居る居ないに関係なく、この世界は増えて、続いていくんだな、きちんとしないといけないな、そう思ったんです。あと、麻原氏の念というか、想念を強く感じることが一時あったが、それがなくなった」

 中川の心変わり。幼い命を殺め、新しい命の誕生に新しい何かを感じた時──。

 もっと早くに気付いていれば──。

 命を狙われた被害者が、彼に伝えたかったことも、それだったのかもしれなかった。

 全てを語り尽した中川に残されていたものは、やはり極刑の選択以外になかった。

私が見た21の死刑判決 (文春新書)

青沼 陽一郎

文藝春秋

2009年7月20日 発売