夕刊毎日は「薪割で一家皆殺し」の見出しで早くも容疑者を登場させている。それによると、女は旧正月に暇をとった「女中」と同一人物の可能性があると“推理”。当時同家で出前持ちをしていた男が彼女とねんごろになり、勤務態度が悪いとしてクビになった後も同家を訪れていることから、男に「かかる疑いも深くなっている」とした。
「第一発見者」の談話
この事件の報道はこうした“飛ばし”が目立ち、全体的に毎日がリードした印象がある。夕刊毎日には「第一発見者」の山口の談話も載っている。
何も知らなかった
雇人山口さん談 昨夜は2階6畳間で12時すぎに寝たが、ぐっすり朝9時ごろまで寝込んでいたので、事件については何も知らなかった。階下に下りて主人一家が惨殺されているのを見て、びっくりして人を探しましたが、1日前に新しく雇い入れた女中が見えないので不審に思った。この女中の名前も詳しい素性も私は聞かないままにこの事件が起きてしまったが、パンパンふうのはすっぱな女だった。
「パンパン」は「第二次世界大戦後、まちかどで客をひいた売春婦」(「新明解国語辞典」)。山口の談話は短く読売にも載っている。
八宝亭は、夕刊読売の一報には「警察の真裏」とあり、住本利男編「毎日新聞の24時間」によれば「10メートルと離れていない斜め前」にあった。「警視庁史 昭和中編(上)」の記述から発見当時の状況をさらに詳しく見よう。
(山口は)同署(築地署)にも出前を持って出入りしている関係で、署員の多くは顔なじみの男である。
この山口が刑事部屋に入り、「だんな、主人の部屋の様子がどうも変です。いまになっても、誰も起きてこないんです」と落ち着きはらった態度で訴えた。
この訴えに異様なものを感じた同署捜査主任以下係員が山口の案内で直ちに現場に急行すると、階下4畳半の部屋いっぱいに敷かれた布団の上には、入り口近くに長女紀子(10)、中央に主人一郎(48)があおむけになり、妻きみ(45)と長男元(11)は一郎の右側にともにうつぶせになり、4人とも刃のついた鈍器ようのもので頭部を割られ、見るも無残に殺害されていた。しかも、長女紀子は逃げようとしてか、前のめりになってふすまに手を突っ込み、のけぞったところを一撃されたものらしく、前頭部を打ち割られて絶命しており、ふすまは一面の血しぶきで染められ、布団は多量の血でぐっしょりぬれ、血痕は室内一面に飛び散って係員の目を覆わせた。
調理場の冷蔵庫には、凶行に使用したと認められる、多量の血が付いた大型のマキ割り1丁が立てかけられてあり、犯行のむごたらしさを物語っていた。
「面識のある者に違いない」
当時、警視庁鑑識課係長だった岩田政義警部は著書「鑑識捜査三十五年」で、八宝亭の現場を踏んだときのことをこう書いている。