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連載昭和事件史

「だまされたんです!」“二重人格の殺人魔”を信じてしまった女中の涙

――劇場型犯罪の“草分け”!? 「八宝亭事件」 #2

2021/02/14

 そうして出来上がった「太田成子」のモンタージュ写真は2月28日付各紙に掲載された。「目の鋭い丸顔」(朝日)、「これが太田成子」(毎日)、「太田成子はこんな女」(読売)という見出し。

山口常雄らの証言を基に「太田成子」のモンタージュ写真が作られた(読売)

 捜査と事件報道は、相変わらず山口の情報を基に右往左往する。モンタージュ写真を載せたのと同じ朝日の紙面には「男の足どり浮かぶ」の見出しの記事。中身を見ると、築地の路上で永楽信用組合の場所を訪ねた男があり、「当局では人相、服装、挙動などから主犯と思われる陰の男ではないかと調べている」とあり、不確定な飛ばし記事だと分かる。

 新聞は連日書き立て、情報は入り乱れる。「“よく似た女を見た”」(3月1日付朝日)、「焦点“第二の女”へ」(同日付読売)、「“土地に明るい男”か 陰の男の正体」(3月2日付朝日)……。ついには「有力容疑者捕(つかま)る」(3月5日付夕刊読売)までも(のちに「そっくりの女受難」と訂正)。

「築地事件」(八宝亭事件)では飛ばし記事が頻発した(夕刊読売)

 一時は「殺したのは女か」(2月27日付夕刊朝日)という見方も浮上。浦島警視庁捜査一課長は3月4日付夕刊毎日で「直接手を下したのは男とみている」と語ったが、女が手引きした「“お目見え”による窃盗の崩れたもの」との見方は変えなかった。

 3月3日付夕刊朝日では、「銭形平次」の野村胡堂、「怪人二十面相」の江戸川乱歩という2人の作家が「恨みによる計画的犯行」などの推理を披露。

 あまりの騒ぎに、夕刊朝日1面コラム「三角点」(2月28日付)も取り上げた。「ナゾの女“太田成子”の正体を突き止めるのに、夜の女5080枚を並べたという」「夜の女の実数はもっと多いだろうが、東京の人口から見ると1200人に1人の割合だ」「さらに、東京の女の総数は約310万人だから、夜の女は女610人の中に1人の勘定になる」「若い女と年齢別に限れば2、300人に1人の割合になろう。数字は恐ろしい問題を提起する」……。「戦後史大事典 増補新版」によれば、夜の女は1947年時点で6大都市だけで推計約4万人いたという。3月4日付朝日には、築地署が有力情報には相当の謝礼を出すと発表したことを報じ「捜査はやや持久戦の色を見せ……」とした。

犯人が犯人を推理する

 3月6日付朝日は「山口君の“私の推理”」という記事を載せている。内容は「犯行は計画的だった」「女は田舎者」などと述べ、“陰の男”についての“推理”を披露している。

「前髪にパーマネントをかけたリーゼント型の頭をしている点から、盛り場などに見受けられる不良ではないかと思う」
「調理場には料理に使う、いろいろの凶器になる物があるのに、裏木戸の後ろに置いてあったまき割りを使ったのは、男が裏口から入って来たのではないかということをはっきり物語っている。また、表の入り口にはカギがかかっていた点からみて、逃げるのも裏口だったと思う。男が女に比べて都会ふうな服装をしている点からみて、ヤボッたい田舎女を凶行の手先に使い、いまは女と別れ別れになっているのではないかと思う。つまり私は、浅草をはじめ上野あたりに根城があり、しかも仲間の多い不良の仕業で、この男か男の友達が一、二度八宝亭に来たことがあり、家の様子を知っているのではないかと思う」

「犯人が犯人を推理する」記事を載せた新聞も(朝日)

 言いたい放題だが、それをそのまま載せるのもいかがなものか……。戸川猪佐武「素顔の昭和 戦後」はこの記事を取り上げ「犯人が犯人を推理する」という見出しを付けている。

再検証で雲行きは一変

 雲行きが一変したのは、3月10日付(9日発行)夕刊毎日が2面4段で掲載した「山口君の部屋に新事実? 八宝亭の現場を再檢(検)証」という見出しの記事から。